第二話
昔の夢を見ていたような気がするのだけれど、何も思い出せなかった。僕は夢を覚えている方だとは思っていたのだけれど、昔の夢を見たような気がしているのに内容は何一つ思い出せずにいた。
「朝からそんなに思い詰めた顔してどうしたの?」
「いや、何か昔の夢を見ていたような気がするんだけど、何も思い出せないんだよね」
「あら、珍しい。あなたって沙弥が生まれるまでは毎朝夢の話をしてくれていたもんね。でも、最近ってあんまり夢を見なくなったの?」
「最近も起きてしばらくは夢を覚えているんだけど、今朝見た夢は何も思い出せないんだよね。こんな事ってほとんど無いんだけど、何一つ思い出せないんだよ。ただ、懐かしい夢を見てたってのはかすかに感じているんだけど。もしかして、僕も高田さんの夢を見たのかな?」
「ちょっとやめてよね。あなたの同級生の水瀬さんも桑原さんも大西さんも夢で高田さんを見てから大変なことになってるんだからね。冗談でもそんな事は言ったらダメよ。それにさ、あなたは高田さんの夢を見てないって断言出来るからね」
「断言って、どうしてそんなに強く言いきれるの?」
「だって、あなたからはあの三人と違って嫌なオーラは感じないからね。最初は気のせいかなって思ってたんだけど、水瀬さんからも大西さんからもちょっと嫌なオーラを感じていたのよね。桑原さんはそんなに強くなかったんだけど、それでも嫌なオーラは付きまとってたのよ。でも、あなたにはそんなものは一切ないから安心してくれていいと思うよ」
「一つ聞いていいかな。それってどの段階で気が付いていたの?」
「気が付いたのは本当に最近だよ。千葉から帰って来てちょっとしてからかな。もともと水瀬さんも桑原さんも悩んでるってのは知ってたからさ、それでちょっと変なのに憑かれているのかなって思ってたんだけど、沙弥の描いた絵を見て二人に見えていたのって同じものだったんじゃないかって思うようになってね。あなたに見てもらってもピンとこないと思うんだけど、沙弥の描いた絵を見てもらいたいんだ。あなたが三人と関わっている時だけ沙弥は人の絵しか描いて無いんだけど、その絵には沙弥が会ってないはずの人が必ず一人加えられているのよ。沙弥の描いた絵を見て不思議に思うことは無かった?」
「そう言えば、沙弥の描いた絵を見た時に僕も知らない人が描かれているなとは思ったんだよ。確か、その時に誰か沙弥に聞いたら“お姉ちゃん”って答えたと思うよ。失礼な話かもしれないけど、沙弥から見てお姉ちゃんって言えるような人って水瀬さんの娘さんくらいだと思うんだけど、その絵を描いた時には水瀬さんの家に行ってなかったと思うんだよね。でも、沙弥くらいの年頃だったらテレビとかで見た人を無意識に描いたりするんじゃないかな」
「それもあるかもしれないけど、私はそんな人を見た記憶はないのよね。コマーシャルとかで一瞬出てきた人とかだったらわからないけど、沙弥が描いているこの人ってもしかしたら、高田さんなんじゃないかな。もしそうだったとしたら、沙弥も巻き込まれている可能性があるって事なんだよね。それだけはちょっと避けたいんだけど、将也君から見てこの人は高田さんだと思う?」
改めて沙弥の描いた絵を見ているのだが、味方によっては高田さんに見えなくも無いように思えた。でも、僕にはこの絵は高田さんだとは思えなかった。いや、思いたくなかった。色使いもそうなのだが、どことなく人を見下しているような目をしているのだけれど、高田さんはそんな目で人を見たりしないはずだ。何よりも、髪型も服装も僕の知っている高田さんとはかけ離れているじゃないか。そうだ、この絵は高田さんであるはずがない。
「いや、これは幸子が思っているのとは違って高田さんじゃないと思うよ」
「どうしてそう思うの?」
「僕の知っている高田さんは髪が長かったし、制服だってこんな感じじゃなくてブレザーだったからね。色もこんなに暗い色ではなかったよ。ほら、幸子も知ってる通り制服は沙弥の描いた絵とは全然違うでしょ」
「ちょっと待ってよ。私は将也君の高校の制服とか覚えてないよ。卒業アルバムとか見せてもらったことはあるけどさ、女子生徒はあんまり見てなかったかも。でも、何となく可愛らしい制服だなってのは思い出せるかも」
「あれ、そうだったっけ?」
「そうだよ。でもさ、将也君の母校ってその時と制服が変わってるんだね。卒業アルバムの写真と今の制服を見比べたら全然違う感じになってるもんね。私も若かったら一回くらい着てみたかったかもな」
「幸子なら似合うかもね。何着ても似合うから」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、話を戻すね。沙弥の描いた絵が高田さんじゃないとしたら、この絵はいったい誰なんだろうね?」
「沙弥に聞いてもわからないだろうし、大塚君に聞いてみようか。大塚君なら高田さんかどうかを見分けることも出来るだろうしね」
「なんで大塚君なの?」
「幸子は知らないかもしれないけど、大塚君は高校の時からずっと高田さんの事が好きだったんだよ。二人が付き合うとかは無かったみたいだけど、大塚君が高田さんをずっと見てたってのは間違いないからね」
「そうなんだ。でも、そう言う事はあんまり言わない方がいいんじゃないかな。何となくだけど、大塚君がかわいそうな気がするよ」
「確かに。次からは気を付けるよ」
「で、将也君は高校時代に好きな子はいなかったの?」
「僕は今もずっと変わらずに幸子の事が好きだよ。その気持ちは付き合った時から変わってないからね」
「へえ、随分と嬉しいこと言ってくれるね。でも、私が将也君と出会ったのは大学二年の時だったと思うんだけどな。忘れちゃったのかな?」
「忘れるわけないよ。初めて幸子を見たのは大学近くの喫茶店だったもん。一目惚れしたんだけど、なかなか僕から声をかけられなくて幸子が僕を誘ってくれたんだよね」
「そうだよ。あの時の私は将也君と付き合えなかったら一生ついてない人生を送るって思ったんだよね。どうしてそうなんだかわからないけど、その時はそう思ったんだ。でもさ、そこまで覚えていてなんで将也君が高校時代に好きだったのが私って事になるのかな。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとズルいような感じもするよ」
「あれ、そう言えばどうしてだろ。高校の時に誰かを好きになった記憶が無いからなのかもしれないな。僕が家族以外で初めて好きになったのが幸子だったって事かな?」
「それならそれでいいんだけど。じゃあ、大塚君が来たら沙弥の描いた絵を見てもらう事にしようか」
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