第7話
展示室と呼べるような代物ではなかった。倉庫と言ったほうがいい。照明はたくさんあるが、飾ってあるというよりは詰め込まれている印象。それに、独特なにおいがする。防腐剤のにおいだろうか。
ただ、弓野が人体型展示台と呼んだものには、目を引かれた。白いマネキンの上に、刺青の入った皮膚が置かれていて、その上に、マネキンと皮膚の形に添って湾曲したガラスがはめ込まれていて、皮膚を保護している。ほぼ全身のものもあれば、肩や脚など、一部だけのものもある。
「一流のガラス職人によるガラスなんですよ」
弓野は自慢げに言った。今日は、ベージュのトレーナーにジーンズという普段着姿。
「土台となっている模型も、刺青が入っていた人の体を機械で精密に採寸して、一体一体つくっているんです。そうでないと、意味がないですからね」
「全部、亡くなった人の皮膚ですか?」
「ええ、もちろん」
吉持は、劣化する前に自分が剥がすようなことを言っていたが。尋ねることができなかった。俺は怯えている。しかし、逃げだせない。
「たくさんありますね」
弓野は、なんの資料も見ず、次々と説明をしてくれた。これはすでに亡くなっている伝説の彫り師による作品だとか、これはわざわざ海外を巡って施術を受けた日本人の刺青愛好家の皮膚で、何人もの海外の有名タトゥーアーティストの作品を一覧で見ることができるようなものだとか、これは作者不明だが、亡くなった人の家族から、あまりに見事なので保存してほしいと連絡を受けて保存した謎の作品だとか、並々ならぬ情熱を感じる解説だった。
「アカネさんのものも見ますか? 奥にあるので――」
「いえ、いいです」
俺は首を振った。
「あ、すみません。つらいことを思い出させてしまいましたか。わたし、思わずテンションが上がってしまってつい――」
弓野は、吉持が戸田を襲ったという話は意に介していないらしい。
「いいんです」
俺は改めて静かな室内を見回す。
「ここには、弓野さんしかいないんですか?」
「はい。少ない人員でやっておりまして」
弓野は、わずかに俺に身を寄せてくる。
「意外と、熱心に見てくださるんですね」
「え?」
「ご興味ないのかと思ってました。でも、片海さんの目、真剣です。美術の先生だからですか?」
「ああ、そうかもしれません」
「わたしの体に入っているタトゥーも、見ていただきたいです」
「……いえ、結構です」
弓野は一歩離れた。
「刺青文化は死にかけています。前にも言いましたが、技術の発展が芸術を貶めているんです。ですから、わたしたちが守らないと」
「でも、これはまるで、過去の遺物を必死につなぎとめているように見えます」
弓野は、目を大きくして俺を見た。
「片海さん、ご自分から意見を言ってくださいましたね。少しは心を開いてくださったということですか?」
彼女は、喜んでいるというよりは、縋りつこうとしているように見えた。室内の慣れないにおいが、妙に神経を高ぶらせる。
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