第5話
芸術保存協会とかいいながら、吉持の雰囲気はヤクザのようだ。違法彫り師という犯罪者が彫った刺青を保存し、芸術家として探しているわけだし、むしろそのほうが似合いかもしれない。公的補助は受けていないだろう。そう信じたい。
吉持に待ち伏せされた翌日、俺は休みを取り、少し遠出をした。教師になって約十年。欠勤したのは初めてだった。
迷いなく古いマンションにたどり着くことができた。階段を上がり、インターフォンを鳴らす。
応答した声に名乗ると、ドアが開いた。
「どうしたんですか?」
「昨日電話しただろ」
「大丈夫だって言ったじゃないですか」
「お邪魔するよ」
その時、背後からものすごい勢いで突き飛ばされ、俺は戸田もろとも玄関に倒れた。
俺の背中を誰かが踏みつけたと思ったら、戸田の腕を誰かがひねりあげていた。
吉持だった。
「戸田さん、ちょっとお話いいですかあ?」
戸田は震えてしまっている。鬼っぽいのは顔だけなのだ。
「お、お前」
そういう俺も、人のことは言えない。美術しかやってきていない、スポーツとは無縁の人間だ。でも、吉持は。
体は細いが、明らかに格闘の心得があり、しかも、人を傷つけることにためらいがなさそうだ。こいつを目の前にしていると、無力感に襲われる。
「先生、警戒心なさすぎですよ。先生をつけて、戸田さんを見つけることができました。ありがとうございます」
「つけたって、どうして」
「戸田さんの写真を見た時、知ってるって顔をしました。嘘がつけない人ですね」
わざとらしく、「先生」と呼んで微笑む。寒気がした。
「ど、どうしてこんなことするんだよ。話があるなら、普通に訊けばいいだろ」
「だって、普通に訊いても教えてくれないでしょ。彩龍は自分の身元を明かしたくなくて、口が堅いやつだけを客に選んでるらしいです。戸田さんも、その一人ですよねえ」
「とにかく、彼を放せ」
「別に俺は、彩龍とかどうでもいいんですよ。ただ、剥がしたいだけです。だから安心してください、先生」
吉持は嬉しそうに続ける。
「メスを入れて、真皮から表皮をゆっくり引きはがして、綺麗に広げて防腐処理をして、ガラスに閉じ込めるんです。表面から空気が抜けて、完璧に仕上がった時の達成感はすごいですよ。血とか肉とか、汚いものを処理して、やっと俺が完成させるんです。弓野は、刺青は人体とともに劣化していくことに価値がある芸術だなんて言うけど、劣化することが価値なんて、そんなことありますか。いくら技術が進んでも、刺青が年月とともに劣化することは変わらない。だから俺が保存してあげなきゃいけないんです」
「……それなら、絵でも見てればいい」
「違いますよ。人間の皮膚じゃなきゃいけないんです」
吉持は、「ぜひ、うちの展示室に来てくださいよ」と言った。
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