第4話

「偶然ですね」

 わざとらしいにやにや笑いを浮かべて近づいてきたのは、吉持だった。職場の学校の前の路地。

「……待ち伏せしてたんですか」

 俺は露骨に嫌な顔をしてみせた。

「どうして職場がわかったんですか?」

「妹さんが、お兄さんは高校の美術教師だとおっしゃっていたもので。この辺りの高校を張ってたんですよ。意外と早くお会いできましたね」

 口数の少ないアカネが、そんなことまで教えてしまっていたのか。きっと、彩龍の情報を得ようと、見境なく根掘り葉掘り質問したのだろう。

「やめてください」

 俺は駅への道を急ぐ。

「生徒もいるんですよ」

「じゃあ、見られないように車の中に入りましょうか」

「話すことはありません」

「先生、独身ですか?」

「はあ?」

「弓野があなたに気があるようでして」

「二回しか会ってませんけど」

「それで十分でしょう。弓野のこと、どう思います?」

「もう会いたくないですね」

「冷たいなあ。まあ、そういうクールなところが女には素敵に見えるのかな」

 吉持は足元を見て、「あ、毛虫だ」と言うと、古びたスニーカーで踏みつぶした。足を上げると、緑色の汁と虫の残骸がコンクリートにへばりついていた。

「うわっ」

 思わず声を上げてしまう。なんて野蛮な男だ。

「虫、苦手ですか。弓野と同じですね。まあ、あいつだったら悲鳴を上げて走って逃げるでしょうが」

 吉持は俺の肩を捕まえる。その力は、彼の体格からすると驚くほど強かった。

 思わず動きをとめて硬直する俺に、彼はスマートフォンを突きつけてきた。

「この人、知りませんか?」

「……誰ですか?」

 スマホには、人相の悪い中年男の隠し撮りらしき写真が表示されている。

「妹さんと同じ人です」

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