第3話

 芸術保存協会のことをネットで調べてみた。簡素なホームページがあるだけで、ろくな情報は見当たらなかった。芸術作品を非営利目的で保存していると書いてあるだけで、タトゥーのタの字もない。

 刺青、タトゥーのことは表に出しづらいのかもしれない。徐々に悪いイメージが薄まり、彫り師のライセンス制度が施行され、名実とともに合法のものとなったといっても、一般的な認識では、芸術と認められているとはいいがたい。刺青を入れている人は、芸術に親和性の高い人というよりは、アウトロー文化に親和性の高い人だというイメージは、昔から変わっていないと言えるだろう。

 俺の知る限りでは、アカネは、アウトローとはまったく縁がなかった。アカネは、芸術的感性の高い人間だ。美術館に行くこと、お気に入りの作家の作品集を眺めることが、子供の頃からの唯一の趣味だった。俺の持論だが、自分で作品を生み出すことはできなくても、そういう人間は広い意味での芸術家といってもいいと思う。

 俺たちの気質は親譲りなのだろうか。環境とは関係なく、体の中から湧き上がるような熱情がアカネにもあったとしか思えないが、考えても仕方がない。親のことはほとんど覚えていないから。

 彩龍のことも検索してみた。覆面彫り師。店を構えず、タトゥーイベントにも姿を見せず、ろくに予約を取ることもできない。ホームページ『肌華』でわずかな文章と作品の写真を見ることができるだけ。噂によると、ホームページに載っているメールアドレス宛に何度もメールを送り、「合格」した者だけが客になることを許されるという。

 まともな客商売ではない。芸術家気取り。

 デザイナーを兼ねている古いタイプのタトゥーアーティスト。麻酔薬を使わないことはホームページに明記してある。痛みがあることもタトゥーの価値のひとつだからと。

 作品数は少ないものの、面積が広いものが多い。その作品の写真を見た刺青愛好家からは、高評価を得ていた。

 そのスタイルは形容することが難しいといわれる。あえて表現するなら、全部乗せ。数多存在する刺青のジャンルをすべて網羅するような、部分ごとの変化の激しい派手派手しい作風。作風自体は新しいが、モチーフを誇示する表現は伝統的。

 こんなものを見ていても仕方がない。

 俺は自分のスケッチブックを広げた。描きかけの絵。昨日、一晩寝かしてみようと思ったもの。

 全然だめだ。こんなもの。

 俺は紙を破って捨てた。

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