アカウント二つ持ってないやつとかおる???

浜能来

第1話

 僕は大学の購買で昼食を確保すると、開いている席の一つを確保する。早めに二限を抜けてきたから、普段なら大混雑の購買前のスペースでも余裕で確保できた。安い焼きそばパンを齧りながら、スマホを取り出す。

 もちろん、SNSをやるのだ。現実には口に出せないアレコレをしまっておく『しまったー』に僕の居場所はある。別にぼっちなわけじゃない。

 なぜなら、僕にはちゃんと、現実に好きな人がいるのだ。僕ら二年生のマドンナ、雨宮さん。ほら、まだネット世界に恋愛を見出そうとするところまでは行ってないのでセーフ。


『次の講義、あの雨宮さんと同じだわ。あ、先週も言ったかw』


 大学用の表アカウント(とは言っても、素性は隠している)でそう呟いたあと、裏アカウントに切り替え。アカウント画像が、個性のない大学の銅像のものから、クールで可愛いアニメキャラのものに変わる。このまま推しアニメである、ニチアサ三大巨塔が一つ、プニキュアシリーズの話題を眺めていれば、そのうち表アカウントに同好の士からの羨望の声が届くというわけである。

 はたから見ればあんまりなことをしているから、あんまりなことをしているから、基本的にフォロワーが増えることはない。だがしかし、その日は違った。


「ん、フォロー通知?」


 裏アカウントにフォローがついていた。見たこともないコスプレ自撮り垢。顔こそ映っていないが、そこそこ可愛い。

 珍しいこともあるもんだと表アカウントに戻ると、そちらにもフォローが。こっちは使うSNSを間違えていそうな、映えな写真ばかりのアカウントだ。


 コスプレ自撮り垢はまだわかるが、この映え垢は……?


「ねぇ、相席してもいいかな」

「あぁ、どうぞ」


 疑問に思考を持っていかれていた僕は、適当に返事をしてしまう。してしまって、そして気づいた。


「って、雨宮さん?!」

「あっ、良かった。あんまりそっけないから、てっきり覚えられてないのかと」

「そんなわけないよ!」


 僕は首をぶんぶんと振る。まさか、僕の大学におけるオアシス、雨宮さんを忘れるはずがなかった。その雨宮さんが、今まさに僕の目の前に座ろうとしている。

 正気を疑ったものだが、僕の急なオーバーリアクションも優しく微笑んで受け入れてくれる彼女は、まさに天使。偽物なわけがない。


「どうして僕なんかの席に?」

「なんかって、同じ学年の、しかも同じ学部でしょ。ずっとちゃんと話してみたかったの」


 うわ。明日死んでもいいな。

 確かに僕は、太陽に近づきすぎて身を焼かれるのはごめんと、雨宮さんに近づかないようにしていたから、彼女とちゃんと話したことはない。同じ学年の同じ学部の同じ学科なのに。


「あ、そういえばなんだけど」


 僕は願書を書いた過去の自分に感謝を捧げようとして……


「君、しまったーやってるでしょ。さっきフォローしたから、フォロバしといてね?」


 しねぇ! しまったー登録した過去の自分!!!

 しまったなんてもんじゃない。一番見られたくない部分を、一番見られたくない人に見られてしまう。しまった通り越しておわったー。動揺して何も言えない僕に、小首を傾げる雨宮さん。


 ……はっ、そうか。表にしろ裏にしろイタいアカウントなのに、それを当人に面と向かって報告するあたり、雨宮さんは僕ではない一般健常者を誤フォローしている可能性がある!

 ならば、僕の取る行動はただ一つ。


「ごめんごめん、すぐフォロバするね!」


 スマホを音速で取り出す。さっきフォローしたというのなら、あのコスプレ自撮り垢か、映え垢のどっちかだ。ままよ、どっちもフォローだ!

 さぁ、返ってこないフォロワーに、かわいく眉をひそめるのだ雨宮さん!


「わぁ、フォロー返ってきたよ。ありがと」


 あぁ、神はいなかった……。

 すっと頭から熱がひいて、僕は自分の絶望的状況を自分で逃げ場のないものに変えてしまったと気づく。これでもう、本人証明をしてしまったようなものだ。

 だが。だがそうなると。


 雨宮さんは、どっちだ……?


 そこでまたも失策に気付く。どうせなら時間差でフォローしてそれを確認すれば良かったのだ。

 もう色々取り返しのつかないところに来ていた。隠れアニメオタクとして、女児アニメのえっちなイラストを見て回ってるのがバレたか、隠れ雨宮ファンとして、キモい言動をしながらイキってるのがバレたか。

 せめて、僅差で前者がバレている方がまだ……いやどっちも嫌だわ。

 雨宮さんがスマホの上で指を滑らせている。気分は爆死したとわかっているテストを返却される前の中学生だ。


「でも、良かったよ。君と趣味が合いそうで」

「えっ?!」

「どうしたの、変な声出して」


 コロコロと笑う雨宮さん。彼女は自分の言葉の重みなんて分かってないのだろう。

 趣味が合う。流石に、自分のファンのアカウントに対して、そんなことを言うまい。およそ度を越したナルシストでもない限り。

 そして趣味が合うという前提に立つなら、裏アカウントがバレる方がまだ少しマシだ。


「雨宮さん、ナルシストじゃないもんね」

「急にすごいこと聞くね。でも、どうだろ。私が可愛いかって聞かれたら、可愛いって即答できるくらいには、ナルシストだよ」

「えっ」

「わぁ、表情がコロコロ変わっておもしろーい」


 ぼくはぜんぜんおもしろくない。

 まずい。これだと趣味が合うというのが、表アカウントにまで適用される恐れがある。私って可愛いよねわかるー的な意味合いの可能性がある。まぁほんとに可愛いから、そんなナルシストな雨宮さんもありかな。言ってる場合か。

 僕は額の汗を拭う。なんか汗がすごい。

 落ち着け、まだ大丈夫だ。なんせ対抗馬は自撮り垢。あんなもんはナルシストの塊でないとできない。裏アカウント説はその力を失ってはいないのだ。


「それにしても、なんで僕のアカウントだってわかったの?」


 踏み込むのは怖いが、未確定のままにするのはもっと怖い。ちなみに彼女のスマホを覗き込む勇気はない。

 僕は思い切って聞いてみる。雨宮さんは顎に人差し指を当てて考え込む。


「うーん。やっぱりあれかなぁ」

「どれ?」

「アイコン。チョイスが真面目そうな君らしかったから」


 わーお、アイコンかー。

 僕は自分の手元を見た。裏アカウントのアイコン画像は、どう取り繕っても女児アニメのイラストだ。

 さてここで問題。真面目そうな男子大学生のアカウント=女児アニメアイコン。この等式は成り立つでしょーか。

 成り立つわけないだろ。対抗馬の表アカウントさんは大学の銅像だぞ。


「大丈夫。体調悪いの?」

「うん、世界が僕をいじめるんだ」

「わー。ポエミー」


 たまらず机に突っ伏した。腕で僕の頭を取り囲み、もう全てを拒絶してやる。雨宮さんはそんな僕が面白いのか、指先でつんつんとしている。


「もしかして、垢バレ嫌だった?」

「まぁ、それは。人並みに恥は感じるので……」

「そっかぁ、私は嬉しかったんだけどなぁ」

「………………えっ?」


 うん? 今なんて?


「私は、嬉しかったよ」


 うれしかった。

 あの表アカウントを見て? いやさすがにナルシストでも、あれはキモいだろ。雨宮さんに身につけていて欲しい下着の話とかしてるぞ?

 まさか、僕のことが実は好きで、そんな僕に好かれてるとわかって嬉しいとか、いやそんなわけ。


「ほら、人気あるからさ。なんとなーく見てくれる人はいっぱいいるけど、本気でじっくり見てるよなって人、周りにいなくて。でも君は、本当にちゃんと見てる人だってわかるから」


 あるんじゃね?

 下着を予想されるほどじっくり見られるのが嬉しい女性がいるのかは置いといて、彼女はそういう性癖なのかもしれない。

 そうだ。彼女はわざわざこの大学構内で僕を見つけ、相席してまで僕に接近して来たのだ。僕に気があったっておかしくないだろう。


「雨宮さん!」

「あっ、やっと起きた」


 僕がガバッと身を起こすと、雨宮さんがふわっと笑った。なんてこった、これは僕に惚れてる。


「雨宮さんごめん。僕てっきり、ドン引きされると思って」

「あはは、そうだよね。確かに普通はキモいって言われちゃうよね」


 その上で好きってこと???


「いや、なんだか恥ずかしいな。そこまで受け入れてもらえるなんて」

「そんな大げさなことじゃないよ」

「でも嬉しいよ。ありがとう」

「うん、私も。ねぇ、それでね?」


 ここに来て、ちょっと恥じらいを見せて口籠る雨宮さん。僕はいよいよ背筋を伸ばした。


「これからたまーに、こうして話がしたいな。プニキュアの話」

「うん、もちろん! …………え、プニキュア?」

「え、プニキュアの話」

「あ、そう。プニキュアの話」


 あーるぇ?


「雨宮さんってコスプレとかするんだー」

「うん、たまにね。恥ずかしいから大学では言わないでね?」


 おーん?


「アイコンのチョイスって」

「あ、ほらクール系のキャラだったから。そういうの好きそうだなって」


 ほーん。


「本気で見るとかの話って」

「なんかほら、話し合わせるためにって見てくれる人もいるんだけど、そういう人って早送りで見てたりするじゃない?」

「あー、なるほどー」


 ふむふむ、つまり。


 勘違いですねこりゃ。


「どしたの今度は、顔覆っちゃって」

「いやもう、本気で恥ずかしくて」

「気にすることないのに。私も同じようなものじゃん」

「そう、じゃないんだよなー」


 顔が熱かった。多分耳まで真っ赤なはずだ。気が逸りすぎてキザなセリフとか言わなくて良かったわ。

 だがこれで確定した。雨宮さんはあくまで裏の方のアカウントを見つけただけで、僕の雨宮さんに対するキモい言動はバレていないのだ。

 ……うん、致命傷で済んだ。

 僕は一度顔を強くグニグニとやってから、手を放す。


「これからオタク仲間としてよろしくね。雨宮さん」

「うん、よろしく」


 僕の差し出した手を、雨宮さんが取ってくれる。


「どっちとも、ね」

「……へ?」

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アカウント二つ持ってないやつとかおる??? 浜能来 @hama_yoshiki

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