最後の魔女とラグナロク

畜生眼鏡

序章 終わりから始まる世界

 魔物クリーチャーが蔓延る世界で生きていくのに、人間という生物はあまりに非力だった。

 一歩外に出れば多くの人が襲われ、食物が少なくなる季節には、魔物が人を襲い、甚大な被害をもたらした。

 それを見た世界は、人間に魔法という力を与えた。魔物に立ち向かえるように。新たな文化を発展させれるように。

 しかし、人間は強欲であった。傲慢で、怠惰であった。

 人間は魔物を駆逐し、自らの領土を広げた。そして、各々の領土を奪い合うために、魔法を使った戦争を始めた。

 大量の血が流れた。魔物の襲撃など目にもくれないほどの、紅い雨が。

 ひとしきり血を流した後、人間は世界の真理に近づこうとした。独自に進化させた魔法を使い、まるで自分が神だと言わんばかりに、その力を存分に振る舞った。

 世界は、それをよしとしなかった。そして、災厄は訪れた。

 空に空いた穴から汚泥が流れ落ち、人の世を滅ぼさんと進行を始めた。

 それを浴びた魔物は新たな力を使い、これまでの復讐と言わんばかりに――


 ここまで読んで、少女は分厚い本を閉じた。

「一週間かけて解読したものがこれって何!? こんなん子どもでも知ってるわ!」

 静かな図書館に絶叫が響く。

「無駄に難しい言葉使いやがって! このっ! このっ!」

 八つ当たりのように古文書役立たずをバシバシ叩き、ため息をつきながら机に身を投げ出した。

 ここは王立図書館。神代以前の書物から今週の週刊誌まで、この世全ての情報がここに集まっていると言っても過言ではない場所に、少女は期待を込めて足を踏み入れたのだ。

「……なんか、すごい時間を無駄にした気分」

 『悪魔賛歌』と贅沢にも金箔で命名されたところを指でなぞる。

 この物語の先は予想できる。と言うよりそこら辺の子どもに聞いても分かるだろう。

 汚泥を浴びた魔物は、人と同じように魔法のギフトを得た。彼らは人の言葉を学習し、人間界に溶け込んでいった。

 そして、彼らの復讐が始まった。

 巨大な月が欠けた夜。当時最大の都市、オストークが陥落した。

 第二次魔法大戦の火蓋が切られた。

 否、大戦と呼ぶにはお粗末なものだった。魔物の一方的な蹂躙だった。

 人間は淘汰され、魔物――魔女・魔人デーモンが世界を支配した。

 人間は許しを乞うしかできなかった。その結果、世界の半分を彼らに受け渡すことで戦争を終結させたのだ。

 平和が訪れたと思われた世界で、また醜い争いが行われた。

「このきっかけになったのは誰のせいだ」

「なぜ我々が奴らに頭を下げなければいけないのだ」

 誰もが口々にそう言った。

 そして、一つの結論にたどり着いた。

「……様? お客様?」

 初老の男性の声がした。

「ここではあまり大きな声を出さないよう――」

 申し訳なさそうに言っていた顔が一瞬にして青ざめた。

「ごめんなさい、うるさくしてしまって。でも、もう出て行きますから……」

 はだけていた首元を隠すようにマフラーを巻き、足早に入口へ向かう。

「ま、魔女だ! ウロボロスの刻印だ!」

 静まり返っていた図書館が一変、悲鳴や怒号が飛び交うパーティー会場になってしまった。

「図書館では静かに、じゃなかったっけ……」

 魔物が人に擬態し、魔法を使い暴れ回る『魔女・魔人』と、人の身でありながら魔法を使う『魔法使い』は、普通の人では区別がつかない。

 魔女・魔人達が引き起こした災厄の責任は、私たち魔法使いも負うことになったのだ。

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