はい、拍手

 本日の出演者全員のネタ披露が終わった。

 エンディングは恒例のジャッジタイムだ。

 順番に芸人の名前を挙げて、面白かったと思った場合にはお客様に拍手してもらい、その日、一番うけたやつを決めようという企画だ。

 基準が拍手の大きさなので、厳密な採点ではない。判定するのは、俺たちのボス・・・・・・というか牢名主的存在であるピン芸人のスケキヨさん。ライブでは優勝者しか決めないが、打ち上げでは拍手の量にスケキヨさん独自の点数を加えて採点がされ、明確に順位がつけられる。

「はいじゃあ、例のやつ、いきますかね」

 テンション低く、スケキヨさんが仕切り出す。

 毎回だいたい十数組が出演するが、たいがい俺たちはケツから三番以内。一桁の順位になることはまずない。最高順位は五位。ただし、そのときはインフルエンザが流行って、参加メンバーがばたばたと倒れて五組しか出ていなかった。

「トップバッターは誰だった? イレギュラーズ? いいや、あいつらは」

「ちょっとちょっとちょっと」

 イレギュラーズの二人が袖から出て行く。

「じゃあ、ぼちぼちやりますかね。イレギュラーズが面白かったと思ったお客様は・・・・・・はい、拍手」

 パラパラと拍手が起きる。決して大きくはない。まぁ、こんなもんだろう。

 一番手はまだ会場が笑う空気になっていない、いわゆる温まっていない状態で笑いをとりにいかざるをやらざるをえない。そのせいか、今日のイレギュラーズはかなり尖った、前衛的なネタをぶつけてきた。あれでこの大きさの拍手が引き出せるのは、イレギュラーズの人気がなせるわざだ。

「はぁい、ありがとうございます。次、嗚呼嗚呼イチロー」

 隣で待機していたピン芸人の嗚呼嗚呼イチローが両手で挟むようにして、自らの頬を叩いた。緊張した面持ちが、一転してヘラヘラ顔になる。舞台袖は狭い。俺たちが待機している下手袖は楽屋寄りなので、上手よりもまだましだが、それでも狭い。

 嗚呼嗚呼イチローの肘が優司に当たった。優司が舌打ちする。イチローさんと優司は以前、コンビを組んでいたから、イチローさんに優司は当たりが強い。

 続々と芸人が呼ばれ、狭いステージで拍手をもらい、反対側の袖へ消えていく。

 ついに俺たちに審判のときが訪れた。ネタ順は全十二組の七番目。客席は充分に温まっていたし、前のスリーゲイブルズはスタンダードなコントでかなりの笑いを生み出していた。現についさきほどのジャッジでも一番や二番ではないが、悪くても五位以内ではないかと思うほどの拍手をもらっていた。

 発表順、前のネタ、会場の空気感。すべてに恵まれていた。直前の芸人が大爆笑をかっさらっていったり、突拍子もないネタで会場を凍りつかせたりすると、やりにくいのだ。

 これはひょっとすると、ひょっとするかもしれないぞ。

 俺の頭のなかに、ワーストスリー脱出という文字がちらつく。

「・・・・・・と思うお客様は、はい、拍手」

 まばらな拍手だ。ちょっと期待していただけにきつかった。どんなネタでも、どの芸人でも拍手をしている人以外から評価をもらえているか気になり、客席に視線を走らせる。

 お笑いや芝居を見るだけの人は注意してほしい。案外、舞台からはお客様の様子がよく見えるのだ。

 俺の嫌いなジャケット野郎は腕組みしていた。隣の彼女っぽい女の子の腕が動いた。手で口元を隠すようにする。

 あくびをしたのだ。

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