知るかいな
「皿に蟹がいっぱいいると言ったな? どんだけ皿デカイんだよ。東京ドーム百万分の一個分か」
優司のたとえ突っ込みは不発に終わった。狙っていないとはいえ、さきほど、俺が笑いをとったことが悔しかったらしい。
「皿が大きいんじゃなくて、蟹が小さいねん」
「え、マジで? どんなサイズ感? おしゃれ女子がおしゃれカフェで食べるワンプレートランチのちっちぇえ目玉焼きくらい?」
「もっとちっちゃい。ひと口で一匹いける。余裕で」
「どんだけスモールライト照射したんだよ」
今度は少し、笑いが起きた。一瞬、優司はホッとしたような表情を見せた。
「待って。殻ごと丸ごと一口で行くの? お前、どんだけ凶悪な顎してんだよ。クロコダイルか」
「いや、カラッと揚げてあるから、バリッといけんねん。元々の殻が柔らかいねん。プニプにしてんねん」
「ポチの肉球か」
「殻というか、固めの皮みたいな感じやな」
「真面目に話を続けるな。『それを言うならタマだろ』くらい言え」
「それを言うならタ・・・・・・」
優司に顎をつかまれた。
「今じゃない」
顎から手を離すと優司は言う。
「え、それ、どんな蟹? というか、本当に蟹なのか? そいつら蟹のアイデンティティーを喪失してるぞ」
「知るかいな」
「それに蟹の身をホジホジする棒を作っている大田区の中小企業はどうなるんだよ。あと、あの銀の棒を売っている合羽橋あたりの店も。倒産しちまうぞ」
「いや、蟹っぽい蟹は絶滅せぇへんから。とにかくな、歯で砕いたパリっパリの殻というか皮がな、甘すっぱ辛いチリソースをまとうと絶妙なんよ」
「パリの川がチリの海に流れ込む奇跡ってやつだな、っておいコラ」
「で、蟹のなかはなんちゅうか、そうやな、こうジュクジュクやねん」
「中途半端なかさぶたみたいだな。あんまり美味そうに聞こえないけど」
「メシの話してるときに、気色悪いたとえすんなや」
「そもそも、そんな蟹どこにいるんだよ」
「・・・・・・うちの庭」
「庭ぁ? お前のボロアパートで大家さんが大根とか育てているあの小さい土地のことか?」
「そう、そこにわんさかわおんねん。きっと、あの川から這い出してきたんやろうな。縦歩きで」
「噓つけぇ。もういいよ」
突然、終わりを告げる台詞が放たれたが、そこはそこ。俺も自然に頭を下げる。
パラパラと起きる拍手を聞きながら、袖にはける。
「よかったんじゃねぇか、今日は」
なにかと先輩面をしたがることで煙たがられているスリーゲイブルズの小宮山さんが、ボソリとつぶやいた。
「あ、どうもっす」
言い終えた途端、脇腹を殴られた。
「ネタ飛ばしやがって。なにしてくれんだよ」
不機嫌そのものの優司が俺をにらみつけていた。
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