突っ込み、下手くそか
「話、カラッと変わるんですけど」
(アドリブで繋ぐか。でも、なんの話しよう)
「二度目だよ。だから、ガラッと変われよ。なにがカラッとしてるの? 唐揚? 天ぷら?」
「“蟹チリ”」
(なに言ってんだ、俺)
「はっ?」
素のリアクションだ。
「蟹チリを食べたんですよ。みなさん、知ってます? 蟹チリ?」
(振るな、振るな、客席に振るな)
「海老だろ」
(助かった。突っ込んでくれて)
「海老ちゃうわ。蟹やねん」
「どんな料理だよ」
「だから、海老チリの海老が蟹やねん」
「さてはお前、蟹食ったことないな。蟹ってプリプリしてないよ。カニカマみたいなやつだよ。チリソースにまぶしたら、グッショグショでまずそうだけど」
「だから、揚げてあるんだよ、カラッと。殻ごと」
かすかだが、客席からざわめきのようなものが起きる。
「か・ら・ご・と!」
やけになって言い放った。
「殻ごと? さてはお前、蟹の大きさを知らないな。大阪のアレは食えないからな」
「電動式やからね」
「なにそれ、一匹丸々、皿に載っかってるの?」
「ごめん、蟹って単位、匹でいいんだっけ? イカみたいに杯じゃなかったっけ?」
笑いをこらえきれなくなったかのように優司が口元を手で押さえながら言う。
「すまん、そこ? お前、そこ、こだわる?」
大きな笑いが起きた。これまでの芸人たちのネタをチェックしていたが、この日、一番の笑いに感じた。
「まぁいいや」
ボソリと口にすると、すかさず優司が突っ込む。
「よくねーよ」
「とにかくな、丸ごと揚げた蟹がいっぱいチリの海に沈んでんねん」
「南米の海が地獄絵図だな」
「そのチリじゃねーよ」
たどたどしく言い返すと、優司がかぶっていた帽子を舞台の黒い床に投げつけた。
「突っ込み、下手くそか」
「ごめん」
思わず飛び出た言葉にまた客席がドッとわいた。意図していないところで笑いをもらえるのは、複雑だ。
優司は帽子を拾い上げる。俺にはハンチングにしか見えないが、キャスケットだと優司は譲らない。おしゃれに疎い俺にはまったくもって違いがわからない。わかるのは、三種類だけ。
ベースボールキャップと手品師の兎と鳩が出るシルクハット、それとコックの白い帽子だけだ。にしても料理人のアレはなぜあんなに高さが必要なのだろうか。
「え、待って待って」と帽子を手に持ったまま、優司は顔を伏せて言う。
「なんやねん」
「お前のそのエセ関西弁はいいとして、聞き捨てならんことがある」
優司はキャスケットをかぶりなおした。
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