チリの海に沈む
アカニシンノカイ
なんやねん、そのワードセンス
俺――上田光は声を張り上げて、相方の東雲優司に突っ込んだ。
「なんやねん、そのワードセンス」
アドリブに優司は驚いたようだ。
今日も客席には空席が目立つ。もっともライブハウス「ヘンリー・メリヴェル」が満席になることは、ほとんどない。
各駅停車しか停まらない駅から十分は遠すぎる。ましてや、雨ならばなおさらだ。
おまけに芸人志望たちが持ち出してやっているお笑いライブなのだ。
「いきなり大声出すなよ、てか、お前いつから突っ込みになったんだよ」
優司が俺の頭をはたき、小さな笑いが起きた。今日の出番で初めてもらった笑いだ。常連のジャケット野郎は腕組みして、彼女らしい隣の大学生風の女の子になにやら話をしている。
ネタ中になにをしゃべっていやがる。愛の囁きなら、うちに帰ってからにしろ。
気をとられたのがまずかった。
「・・・・・・」
ネタが飛んだ。
「なに黙ってんだよ。すみませんねぇ、慣れない突っ込みなんかするもんですから」
客席に向かって、優司が手を合わせてペコペコする。時間を稼いでくれているのだ。だが、ネタの続きが思い出せない。それどころか、どこまでやったのか覚えていない。いや、そもそもなんのネタをかけていたのかすらわからない。
「話、カラッと変わるんですけど」
声が上擦っていた。
「ガラッとだよ。喉カラカラか」
優司が肩を突く。
「わかった、いっぺん、水飲んで来いよ」
下手に向かって俺を押していこうとする。トラブルをネタに変えて、袖で台本を確認させようとしているらしい。
ステージは狭い。五歩も進めば、お客様の視線から姿を隠せる。
だが、台本があるのは下手ではなく、上手なのだ。優司も慌てているらしい。
(ちくしょう、このまま、進めるしかねぇ)
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