二刀流の日々

ささたけ はじめ

夕焼けに染まる放課後の教室にて

「ゲームなんかでさ、侍が両手持ちで忍者が二刀流ってなってるじゃん? あれ、おかしいと思うんだよね」

「なんで?」


 いつものように、くだらない話を始める僕。背後に座る彼は、眠気から机に突っ伏したまま聞いている。これもいつものことだ。


「だってさ、忍者って身軽になるため専用の忍刀しのびがたなを持ってるのに、それを二本も持ったら、かさばるだけで意味ないじゃん」

「なるほど」


 相変わらず彼は顔を上げる気配はなく、うなずくかわりに机の端をパタパタと叩いた。

 目の前で踊る彼の指を見つめながら、僕は言葉を続ける。


「二刀流の代名詞、宮本武蔵は侍だし――これじゃあまるで逆だよ。どうして、侍は一刀流で忍者は二刀流になるのかな?」

「そうだねぇ――じゃあ、こう考えたらどうかな?」


 そこで彼はピシッと人差し指を立てて、独自の理論を披露した。


「侍は死ぬまで侍のままだけど、忍者には町人としての表の顔と、忍びとしての裏の顔っていう、ふたつの顔があるでしょ? 決してばれないように、表と裏を使い分ける専門家だから、忍者は二刀流なんだ――とか」

「ははぁ――なるほど。興味深いね、さすがだよ」


 斬新な解釈に、思わず僕はうなった。こういう発想をしてくれるから、僕は彼のことを好いているのだ。


「ふふん、そうだろう?」


 己の解釈を受け入れてもらえて、彼は気をよくしたらしい。顔は見えないが、上ずった声の調子でわかる。僕と彼はそれだけ、深い付き合いなのだ。


 だから僕は、彼の両手にそっと手を伸ばしながら――声のトーンを落として言った。


「だったら、君も僕も二刀流だね」

「どうして?」

「だって僕らには――」


 細く白い彼の指に、


「学生としての表の顔と」


 自分の指を絡ませ、


「誰にも内緒の――」


 耳元でささやく。




恋人同士ウラの顔があるからさ」




 耳元じゃくてんに呼気を感じ、彼は勢いよく跳ね起きた。その顔色は、夕焼けではごまかせないほど赤く染まっている。


「そろそろ帰ろう。裏の顔の時間だよ」


 狼狽うろたえる彼が可愛らしくて、笑いながらそう告げると――対照的に彼は、思いつめたように沈んだ声でつぶやいた。


「いつまで二刀流でいなくちゃいけないんだろうね――僕らは」

「もうすぐだよ――卒業したら、一緒に暮らすんだから。そうすれば、きっと――」

「早く、来ないかな」

「待ち遠しいね――」


 立ち上がった彼と二人並んで教室を後にする。

 人目を気にして、手を繋ぐことはできないけれど。

 僕らの仲は、今はまだ――お忍び中だから。

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二刀流の日々 ささたけ はじめ @sasatake-hajime

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