第77話 アラサー令嬢は『始まり』を偲ぶ
「…シャーロットは、殿下に、その…他の女の子を勧めるの?」
おぉっ…と。
不思議そうというか、怪訝そうな声でシリウスに聞かれてしまった。
よく考えなくても、王子と私以外からすれば、当然の疑問だ。
「私は…身分と年齢から考えて、殿下にふさわしい令嬢として、婚約者に選ばれたわ。だから、もっとふさわしい令嬢が現れたのなら、譲るのが当たり前だと思うの」
さらっと、もっともらしいことを言ったが嘘じゃない。
理由の第一は『断罪回避』だけど、王子にふさわしい相手――慈愛の象徴の『
ビジュアルにしても、シャーロットの髪は雪や氷をイメージする、凍てついた銀色。
瞳は、太陽が隠れる時刻、夕闇を表す紫。
(我ながら寒々しいというか、
美しさではヒロインにも負けてないと思うし! 自分では気に入ってるけど…まぁ、万民から愛される外見ではない。
世継ぎの王子の婚約者ということは、いずれはこの国の王妃だ。
ふわふわした春色カラーの女性の方が、貴族や国民にもウケが良い筈だ。
(ビジュアルなんて、関係ないって言われるかもしれないけど…)
王太子妃にしろ、王妃にしろ、なってからが大変なのだ。
見かけで、支えてくれる味方が増えるなら、それに越したことはないと思う。
ルックスで『冷たそう』『悪いことしそう』って、最初から思われるよりマシなのだ。
(そんな先入観で、例え無実でも信じてもらえないかもしれない…と怯えてる私がいるんだから)
外見信仰って、根深いと思う。
「そうなんだ…」
どこか痛々しそうな顔になるシリウス。
健気な子…って思われるのは遠慮したいのだが、内心を暴露するわけにもいかないので、明るく付け加える。
「今は、身分的に私よりふさわしい、ハーロゥ公爵様の所の幼い方がいらっしゃいますが、まだまだしっかりと、殿下の婚約者の座は守りたいと思います!」
王子もハッとしたように、力強く頷いた。
――遠くの『聖女』より、近くの『幼女』
殿下の脅威は、割と身近にある。
「頼むよ、シャーロット!」
「おまかせください…と言いたいところですが、エリザベス様とてもかわいいと評判ですよ?」
身分的に、シャーロットよりあちらが上になったのである。
いずれ、こうなるのが分かっていたので、以前から母の兄、ラッセル公爵が
『シャーロットを養女に迎えたいが、どうだろう?』
と申し入れをしてくれていたのだが、父も母も、それには及ばないと断っていた。
父は、
『侯爵家の娘でもいいというので、第一王子との婚約を受けたんだ。こちらに非はない。それに、かわいいシャーロットを、どこにもやりたくないしね』
と笑っていたが、私を『ウイザーズ侯爵の娘』として精霊契約を結んだ件もあるのだろう。
「どんなにかわいくても、女児は遠慮したい」
王子の言葉は身も蓋もなかった。
私は実際に見たことはないので、親戚枠で会ったことがあるであろうシリウスに目で尋ねる。
(従姉妹の娘さんだよね。あ、いや祖父の養女になったんだから、叔母さんか!?)
シリウスは色々思い出したのか、苦い笑いを浮かべた。
「たくさんのリボンやら花やらに囲まれててねぇ…顔はよく見えなかったな」
「そうなのですか。公爵の溺愛がうかがえますね」
「あぁ、ちょっと怖い」
ハーロゥ公をよく知るシリウスが、『怖い』というんだから、相当だろう。
「とても美しいとか、すごく賢いとか、よい噂が回り過ぎて、確かに怖い感じはありますね」
爺公爵が、私の時の『ネガティブキャンペーン』とは、逆の
「評判なんて、あてにならないよ」
ぼそっとつぶやく王子の視線の先にいる私を見て、シリウスは笑った。
「そうだね、7歳頃のシャーロットの噂も相当だったね」
庭で頭を打つ前の自分の評判は、想像がつく。
リリーを怯えさせたり、今はめっちゃ仲良い庭師さんを辞めさせるところだったのだ。
「…ワガママだったのは事実ですよ」
控えめに肯定すると、王子は優しい目をして笑った。
「王宮に行きたいとか、花束が欲しいとか、今思えば、かわいいもんだったよ」
(割といじらしい『おねだり』をしてたのね、シャーロット…)
「婚約後の方が、驚かされてばっかりだからね」
「…いろいろと、その、ご迷惑を…」
精霊のアレや、出店のソレを思い出すと自然に頭が下がる。
(それこそ、今思えば、よく付き合ってくれたなぁ…)
「迷惑なんて何もないよ。ね、シリウス」
「あぁ、いつも楽しかったよ」
「…私もです」
いつも当たり前のことのように、暖かく微笑んでくれる二人に、胸の奥が暖かくなった気がした。
突然『シャーロット』になってしまったショックを、和らげてくれたのは家族や、屋敷の皆だったけど、紛れもなくこの二人も入っている。
何となく3人でしんみりしている内に、この日は散会となった。
アラサーの記憶が蘇ってから、もしかして、実際の『シャーロット』が自分の中に眠っているのかと、何度も呼びかけたが応えはなかった。
(私の記憶の方が、何倍も容量が多いんで、押しつぶしてしまったのかなぁ)
日常的なやり取りは体が覚えていたが、おそらくあったであろう、『王子への淡い恋心』も継承できなかったのは、悪いけど良かったと思う。
もうすぐゲームの開始年齢になる王子とシリウスは、どんどん格好良くなり、高校生の自分が夢中になった美麗イラストの容姿に近づいている。
(きっと物凄くもてるんだろうなー…ヒロインのビジュアルも同じなのかな)
自分の分身だった『ヒロイン』を、この目で見たい気分はある。
(怖いもの見たさ、なのかも)
あれから何度か、王子とシリウスで話し合ったが、ヒロインに近づく
(父からも王様からも宰相からも、何の話もなかった)
結果、私と王子の婚約は解除されないまま、魔法学園の入学式が近づいていた。
Atogaki *****************
…『閑話休題』な話が長引いてしましましたが、いよいよ、魔法学園編です。
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