第76話 アラサー令嬢は聖女を想起する



 王子の顔色が元に戻ったのを見て、話を切り出すことにした。


「シリウス、殿下から伺ったのですが…『聖女』様が現れたとか?」


 さりげな~く聞いたつもりだったのに、ようやく落ち着いたシリウスの顔がピシッと強張ってしまった。

 王子はこちらを見て、『続けていいよ』という感じで頷いていたので、話を続ける。


「一年前から知っていたことに関しては、私も殿下も大変だったと思ってますので…」

「…隠していて、本当に悪かった」


 シリウスは、生真面目に頭を下げた。

 私は、笑って首を振る。


「シリウスの立場は、分かっているつもりです。ただこれだけ教えてください、シリウスはその方を、『聖女』様だと本当に思っているのですね?」


 シリウスは王子の方を向いて、またこちらに向き直った。


「他に、君を差し置いて、国が殿下と婚約させようとする令嬢を思いつかない。そこから、僕と殿下は『聖女』だと結論づけた」


 知力パラメータがゲーム中TOPだった、シリウスがそう言うならそうなんだろうし、自分もこの時期に出てくるのは『聖女ヒロイン』しかいないと思う。

 だがしかし…


「…何とか、確かめるすべってありませんかね…?」


(放って置けと言われても、さすがに気になるんだよね~)


「シャーロットは、違うと思うの?」

「そうではないのですが…」


 私が煮え切らない返事をすると、王子が口を開いた。


「シャーロットの精霊に、『光の精霊』がこの国にいるのを感じないって言われてね」

「え!」


 シリウスが驚きの声をあげた。


「『癒しの力』は、とても精霊力を使うものらしいのです。それなのに『光の精霊』の存在を感じられないのはおかしいと」

「え…? …あ、そういう事なのか」


 これだけで何か納得しているシリウスを、私と王子は微妙な顔をして見ていた。


「使われたのは『癒しの力』とは、限らないんじゃないか?」


 少しの間、ぶつぶつ独り言をつぶやいていたシリウスは、顔を上げるとそう言った。


「ダグラス殿が出たんだ、魔獣は関係あると思う。『光の精霊』の守護持ちには魔獣を退ける力もあったはずだ」


 魔獣の撃退…確かに弱い魔獣は、ヒロインに近づけなかったっけ。


(だから悪役令嬢シャーロットは、強い魔獣を召喚したんだから…)


「魔獣を退ける方が、癒しの力より大変じゃないのか…?」


 王子が疑い深そうに尋ねる。


「いや、魔獣を撃退するのは、精霊力のない騎士でも力を合わせれば可能だ。だが癒しの力は、『光の精霊』の守護を持つ者にしかできない」

「言われてみれば、そうか…」


 なるほどねー

 話を聞いているだろう、『闇の精霊』からは何の反応もないが、否定もしてないということだ。


「僕らは、『光の精霊』から聖女を連想して、勝手に癒しの力を使ったと思ってただけか」

「学園入学前の少女が、魔獣を退けるだけで、十分『光の精霊』様の証明になるでしょうしね」


 そうだね、とつぶやいたシリウスが、ふうっと息を吐いた。


「…あと、父上から釘を刺された」

「クロフォード公爵が? 何て?」

「聖女…いや、『謎のご令嬢』に対する詮索は止めろってさ」


 お前には、そんなことをしている時間があるのか――と、冷ややかに告げられ、めんどくさいたぐいの資料整理の仕事を、目の前に積まれたらしい。


「それで、そんなに疲れた様子だったんですね…」


 思わず同情の声を上げると、シリウスが気恥ずかしそうな顔になって、こめかみを掻いた。


「まぁ自業自得だよ。調べるのに夢中になって、足元がおろそかになっていたのは否めない」


 夢中にって、そんなに興味があったのか。


(そうだよね、『聖女』だもんね…)


 皆の憧れだよね、うん。




 不意に王子が、ぼそりとつぶやいた。


「シリウス、調べてもらって悪いが、僕とシャーロットの婚約は破棄されないぞ。おそらく」

「え!?」


 シリウスが、『光の精霊』がこの国にいるのを感じないと告げた時より、激しく驚いている。


(シリウスの中では、私と王子の婚約破棄は、当然の事になっていたのか…)


 思わず、ゲームでシリウスがシャーロットに投げた、『君は王子にふさわしくない!』の台詞が胸に蘇る。

 シリウスルートだけでなく、王子ルートや他のルートでも、これは言われるのだ。


『シリウス様まで、そんな女をかばうのですか!』

『当たり前だろう。自分が何をしているか分かっているのか? 君は王子にふさ…』


 シリウスは常に、『王子の婚約者』としてのシャーロットへの、断罪者だった。


(高位貴族の代表者たるシリウスが、平民出のヒロインを庇う姿は、悪役令嬢のプライドを粉々に砕く役割として有効だったんだよね…)


 頭を少し振って、暗い方へ引きずられそうな思考を追い払う。

 シリウスに向き直って、なるべく明るく聞こえるように口を開いた。


「私と王子の婚約には色々ながありまして、少なくとも、その方が『聖女』様と確定されてからでなければ、破棄にするのは難しいようです」

「『聖女』に確定するだけでもないかも知れないけど…」


 王子がどこか遠い目でつぶやく。

 マズイ。『聖女』というより、『魔女』に迫られる幻が見えているのかもしれない。


「殿下、大丈夫ですよ。『光の精霊』様の加護を持ってらっしゃる方ですよ。きっと、清楚でお美しいご令嬢に決まってます!」


 何せ、春色の花をバックに微笑む、乙女ゲームの『愛されヒロイン』だ。


 緩いウェーブを描いて風にそよぐ、ピンクがかったブロンド。

 命の源の、海色の瞳。

 誰もが側にいて守りたくなる、柔らかく優しいイメージで設定されている。


 シャーロットとは正反対の。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る