第75話 アラサー令嬢はお茶を勧める
『王と侯爵の契約が破棄されない限り、お前たちの契約もそのままだ。何らかの理由があり、王と侯爵の契約が破棄された場合は、お前たちの意思によっては、契約が継続される場合もある』
「私たちの意思…?」
『そうだ』
『闇の精霊』から、微かに笑いの波動を感じた。
私と王子の契約は、『魔法学園入学後、私たちのどちらかに好きな相手が出来たら、王様たちの契約が破棄される』というものだ。
(その前に王様と父様の契約が破棄されれば、私と王子の契約に意味なんてなさそうだけど…)
精霊基準だと、まだ何かあるらしい。
王子の方を見ると、まだ先ほどのショックを引きずっているのか、どこか青ざめてぼーっとしている。
『難しいことではない。そんな状況が来たら考えてみるんだな』
「はい…」
お父様たちの契約破棄が先か、私たちの契約履行が先か。
いずれにせよ、私と王子の婚約は解除される見通しは高い。
(なら、慌てる必要はない…よね?)
不意、にコンコンというドアをノックする音がした。
そちらを振り向くと、少し開かれたドアの外から、執事の声がシリウスの来訪を告げた。
「久しぶりだね、シャーロット」
「そうですわね、シリウス様」
挨拶の間に、テーブル上のお茶お菓子は、新しいセットと替わり、王子とシリウス、私が席に着くとサリー達が壁に下がった。
いつの間にか、黒い鳥も赤い小獅子も姿を消していたが、『闇の精霊』がまだいるのは感じられた。
「…ここでの会話は?」
「精霊様が側におられますので…」
何言っても大丈夫ですよ、と暗に告げると、シリウスも先ほどの王子のように大きく息を吐いた。
よく見ると、目の下にクマ、頬もこけているような…
「あの…少々、お疲れです?」
「うん、まぁ少し…って、殿下も何か顔色悪くないか?」
柔らかな微笑みが、王子を見て気遣わしげに崩れる。
「まぁ少しね…」
王子が片手を挙げながら、シリウスの言葉をそのまま返してくる。
私は、とりあえず二人にお茶を勧めた。
「今日の
ポットと一緒に置かれた砂時計から、抽出時間を見計らって、お茶を注ぐ。
ふわりと、優しい香りが辺りに漂った。
王子もシリウスもティーカップに顔を近づけて、お茶の前に、湯気を味わっているように見えた。
カモミールは、名もなき雑草として、領地ではあちこちにたくさん生えていた。
潰すと新鮮な果実のようないい匂いがするので、主に衣類や料理の匂い消しに使われていたとのことだった。
採集して困らないか?と聞いたら、『幾らでも採れますのでどうぞ!』とあっさりしたものだった。
カモミールはお茶だけでなく、ポプリや入浴剤、精油としても大量に使い出があるので、結局畑を作ってもらった。
こっちのお屋敷でも、自宅消費用に栽培している。
(『果実草』とか、『小さい黄色』とか呼ばれてたけど、売り出すにあたって名称は『カモミール』で統一。ウチの堂々たる主力商品だ!)
意味は?と問われたので、お城の「植物辞典」に似た感じの花があったので…と、微笑んで誤魔化した。
他も名前がない物は、おおむねそんな感じで命名したのだが…皆、『お城に出入りしてるのすごい!』『博識ですごい!』と、やたら感心してくれるので、胃がチクチクと痛んだ。
他にも、ペパーミントやローズマリーが見つかり、これもたくさんあったので問題なし。
バジルとかルッコラとか、もともと厨房にあったものも、お茶として飲めるかどうか試したけど、あまり好評じゃなかったんで、そのままお料理に生かしてもらうことにした。
バジルは香り付けだけでなく、生のままでサラダにしてもらったら、胃に『効くぅ…』って感じがした。
(はしたないけど、また胃が痛むことがあったら、温室でちぎって噛むのもいいかも)
もちろん、人に見られていないのを確かめてからだけど…。
野生のバラの群生地から、ローズヒップも見つかったが、数が少なかったんで、こちらの温室で絶賛栽培中。
(ローズヒップは女性にいいんだよね…ビタミン豊富としか覚えてないけど)
もっと色々なハーブと、効能を覚えておけば良かったとしみじみ思う。
アラサーの部屋にあった、ハーブの入門書(写真付き)が、ここにあれば…
(興味を持って買ったはいいけど、忙しくてろくに読まないまま、部屋の片隅で眠らせたのよねぇ)
効能の替わりに覚えていたのは、『パセリ、セージ、ローズマリー&タイム…』という歌詞の入った歌。
中学の授業で習ったソレを、ハーブを探している時、思わず唱えてしまった。
(海外の古いバンドの有名な歌で、『音楽の教科書に載ってるよ』と言ったら、親に驚かれたっけ)
元歌は、イギリスの民謡――古い伝承だったらしい。
(内容はもろファンタジー入ってたし、ハーブの名前をつぶやくのも魔除け説があったな)
こちらの台所に、既にあったハーブの名前は、殆ど
この世界が何だか、まだ分からないけど、ハーブとは相性が良さそうだ。
セージもタイムも自分が見たことない(だから探せない…)だけで、きっとどこかにあるんだろう。
今、密かに、必死に、探しているのがラベンダー。
匂いも好きだし、用途も豊富。
もっと北へ行かないとダメだろうか…
(何となく、北はヤバい気もするけど…)
深い森に、魔獣が湧くという沼…思わず、心の中でブンブン首を振った。
Atogaki *****************
…魔物だけでなく、聖女も湧いてきそうな北領。
…『パセリセージローズマリー&タイム』は「スカボローフェア」という歌です。
…今の音楽の教科書には『春よ、来い』とか『夜空ノムコウ』とかも入っててびっくりしましたー。
(図書館に展示されてたので知りましたー)
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