第74話 アラサー令嬢は戸惑いを感じる


『実際、我らの姿を具現化するのも、人の力のみでは無理だ』


 つまり、私や王子、シリウスは、守護精霊と結びつきが強いということか。

 王子にも伝わったのだろう。嬉しそうな顔で己の『火の精霊』を見ている。


『その逆に、結びつきが少なくても、人はその「精霊力」分は守護精霊の力を使えるのだ』

「あ…」

『お前の言う「聖女」。その人間は相当、その身に帯びた「精霊力」が強いのだろう。我らが、同胞を知覚できない程度の結びつきで、その力を使っているのなら』

「…それは、ありうるのですか?」


 黒い鳥は静かに頷いた。


 ゲームのワンシーンが頭を過ぎる。

 魔法学園の寮の一室で、ヒロインはまだ明確な形のない、光の粒の集まりのような守護精霊に、熱心に話しかけていた。


(それを真似して、7歳の頃から守護精霊に話しかけた成果が、今の私と『闇の精霊』の結びつきの強さか…)


 なら、ヒロインは学園に入ってから『光の精霊』との結びつきを大きくしていくのだろうか?

 ゲームはそうだったから、それで間に合うんだよね。いや、でも…


「精霊様はさきほど、今の『光の精霊』の状態がよくない、とおっしゃっていましたよね。それは、どういう事でしょうか?」


 しばしの沈黙が流れた。

 言いにくい事なら…と、口を開こうとした私を制するように、闇の精霊の声が響いた。


『何度も言うが、精霊達がこちらの世界にいる理由は、お前たち人との関わり故だ。ただ、存在に全く気付かれなくとも、「守護精霊」であれば人の側にいられるようになっている』


 実際、殆どがその程度の関わりだ――と言われて納得する。

 精霊と対話までするのには、相当の『精霊力』が必要だからだ。


(王族や、貴族の一部だけだよね)


『存在に気づかない状態で使える「精霊力」は乏しい…筈だ』


 それは…そうだと思う。


『だが「癒し」の力は、乏しい「精霊力」で使えるものではない』


 不穏な気配に、私と王子は視線を交わす。


『我らは、人という媒介を通さずに、この世界で力を振るうことはできない。それはいにしえの約定だ』


 精霊に、何らかの制約があるのは分かる。

 地水火風を操ることのできる精霊が、少しでも暴走すれば、国中パニックになるだろう。


(古の約定は…フィアリーアの初代王様と、かな)


 王子やシリウスから借りた本の中では、初代王がイコール精霊王という説もあった。


『もし、人との関わりなしに、精霊の力がこちらの世界へ引き出されたとしたら…精霊にかかる負担は、何倍にもなるだろう』

「それは…」


 どのくらい…と続ける前に、きっぱりとした言葉が返る。


『1の力で出来ることに、100の力がかかるということだ』

「大変なこと…ですよね?」


 淡々と言われたので思わず聞き返すと、また淡々とした声が返って来た。


『普通の精霊なら、消滅してもおかしくない』

 

 私と、多分王子も一瞬固まった。


「よ、よ、よくないどころじゃないですか!」


 気分的には、『闇の精霊』の肩を掴んでガタガタ揺さぶりたい。

 目の前の鳥に肩はないけれど。


『我らには人のような寿命はない。精霊力が無くなり消滅したとしても、また永い年月の後に蘇る』

「ですが!」

『まぁ、まだそこまでではないだろう。「光の精霊」の精霊力は多い』

「でも!」

『アレが消滅するようなことがあれば、さすがに伝わって来るだろうしな』

「…」


 なだめるような『闇の精霊』に、恐る恐る王子が口を開いた。


「消滅はしないにしても、今のままではマズイよね。シャーロット、僕らに何かできることはあるか聞いてみて」


 私は頷き、闇の精霊に向き直ると、精霊から声が掛かった。


『聞こえている』


『闇の精霊』の声は王子に聞こえてないので、基本的に私だけが話していたけど、精霊にはこちらの声は聞こえている。

 ただ、その返事はあっさりしたものだった。


出来ることは、別にない』


 え、そうなの?

 今からでも聖女に、『精霊に呼びかけるように』って言えば少しはマシなんじゃ…。


「あの、ですが、僕らのように精霊と結びつきを強くするようにすれば」


 王子も同意見らしい。


『それが出来るなら、とうに出来ているだろう。結びつきが弱いまま精霊の力を使うこともとは言ったが、そのような状態は、「守護精霊」としてもおかしな話だ』


 聖女じゃなく、『光の精霊』側の問題かもしれないのか。


『それに、お前たちもその「聖女」が何をしたのか、はっきりとわかってないのだろう?「もしかしたら」で動くような事ではない』


 言われてみればそうか。


「確かに…、まだ聖女かどうか、『光の精霊』が守護にいるのかどうかも分かってないんだもんね」


 王子が脱力して、ソファの背もたれに体を預けた。


(『光の精霊』を持つヒロインはいる筈なんだけど…)


 自分で確かめた訳じゃないからなぁ…


『「光の精霊」の守護持ちだったら、王と侯爵の契約はどうなるか? だったな、シャーロット』


 想いに沈む間もなく、本題を『闇の精霊』の方から切り出され、背筋が伸びる。


「はい…!」

『それだけで破棄はできない』

「え」

『例えばこの先、この国に何らかの災害が起こるとする。その際、「光の精霊」の力を使えば多くの人間が助かるとして、その代償に「光の精霊」の守護を持つ人間が、王妃の座を望むというのなら破棄は可能だ』


 え、えー!何その脅迫!どこの魔女だよ?!

 王子様もドン引きだ。


 あ、でも…


 ――大いなる厄災を、『光の精霊』の力で退けた聖女が、相思相愛の王子との結婚を望む


 …なら全然アリか。


「なるほど…」


 思わずつぶやいた私を、王子が捨てられる子犬の目で見た。









Atogaki *****************



…いや、『そうやって悪役令嬢アタシ捨てたの王子アナタじゃん?』と、ふとよぎるアラサーさん。


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