第73話 アラサー令嬢は気が抜けない



「精霊様、もしお父様達の『精霊契約』が破棄された場合、私と殿下の『精霊契約』はどうなるのでしょうか?」

『状況に依るな…そもそも、王と侯爵の契約が破棄されるのは、余程よほどのことだぞ?』


 私は王子の方を、ちらっと見た。

 王子は『火の精霊』から通訳されている筈だ。


「余程のことか…」


 王子のつぶやきを聞きながら、私は再び、闇の精霊に向き直る。


「余程のこととは、大体どのような…あ、教えていただける範囲であれば、お願いします」


 闇の精霊=大きな黒い鳥バージョンはあっさり告げた。


『この国にとって、お前と王子の婚姻が害となる場合だ』

「く、国ですか…」


 範囲でかいな…王子も目を見開いている。


(国に害になる婚姻って、どんなんだ!?)


 あ、でもそっか。

 ゲームの、魔獣召喚して人を襲わせちゃうような『悪役令嬢シャーロット』が王妃になったら、そりゃ国がヤバイ。


(ゲームはソレで、整合性が合ったわけね…)


 …まぁ、それは置いといて、『聖女』を嫁にしないと国にとっては損…にはなるかもしれないけど、害はどうだろう?


「闇の精霊様、もしかしたらお聞きになっていたかもしれませんが、『聖女』様が現れたみたいなのです。殿下が私と婚姻することで、『聖女』様を次代の王妃様に出来ない場合はどうでしょう?」


 少しの沈黙の後、闇の精霊の発した言葉は、とても意外なものだった。


『シャーロット、「聖女」とは何だ?』

「えっ」


 王子も驚いた様子だったが、思い当たるように口を開いた。


「…シャーロット!『聖女』は、人間が付けた呼び名のようなものだから…」


 あ、そうか!


「申し訳ありません!精霊様。『聖女』というのは、『光の精霊』を守護に持つ女性です。『癒し』の能力ちからを持つ方を、この国ではそう呼ぶようになったのです」


 黒い鳥は、うなるような声を出した。


『光の精霊…だと?』


 様子が少しおかしいなと思いつつも説明する。


「はい。光の精霊の加護の元、『癒し』で人々を救う女性を讃えて、『聖女』と…」

『シャーロット』

「はい!」


 なぜか闇の精霊の圧が強くなり、私は思わず背筋を伸ばした。


『つまり、今、の地に、光の精霊が現れたとお前は言ったのだな?』

「はい!」


 声の調子は変わらないのに、まるで尋問されている気分である。

 思わず、王子を振り向いて『そうだよね!』と目で問い掛けると、王子も首をブンブン上下に振った。

 鳥のくちばしが、心持ち上を向く。

 そのまましばらくして、ぽつりと声がした。


『…いない』

「は?」

『今、この国に、光の精霊の気配は感じられない』

「え!?」


(聖女が現れたってことは、『光の精霊』が現れたとイコールで…いやそもそも、ヒロインがいるなら、『光の精霊』はいる筈で…)


 言葉が呑み込めずフリーズしかけたが、『闇の精霊』が嘘や冗談を言ってるようには思えない。

 どういうことかと王子を見ると、王子は『火の精霊』と見つめ合っていた。


「いったい…いや、だからか。だから『闇の精霊』に会いに行けって?」


 王子の質問に対して『火の精霊』が何と言ったかは分からなかったが


「…殿下、『火の精霊』様がそのようなことを?」


 私が口を挟むと、王子は曖昧に首を傾げた。


「はっきりとは言わなかったけど、シャーロットに…『闇の精霊』に、相談した方がいいって感じだった…おそらくだけど、火の精霊にも『光の精霊』が感じられなかったんじゃないかな」


 いないの!? 光の精霊が?

 え、じゃあ…


「『聖女』様は…?」


 王子は、うーんと顔をしかめた。


聖女ソレは、僕とシリウスがそう結論を出しただけで、確定した訳じゃないね…」


 王子とシリウスの推論が、間違っていたってこと?

 もしかしたら、宰相が王子と婚約させたがってる相手って、ヒロインじゃないの?


(今のところ何の瑕疵かしもない侯爵令嬢シャーロットと、婚約を取って替えられるような、そんなゴージャスな、しかも同い年の相手が…)


 ヒロインの他にもいる…っていうのは無理じゃないかなぁ。


「精霊様、お言葉を疑うようで申し訳ないのですが…本当に『光の精霊』は、この国にいないのですか?」


 これって大前提よねぇ。

『光の精霊』を守護に持つヒロインがいなければ、ゲームは始まらない…いや始まらないなら、始まらないで全然!いいんだけど!


(気を抜いたところで、後ろから撃たれるのはちょっと…)


 …いや、絶対遠慮したい。


『お前の言ったように、もし、癒しの力を持つ人間がいるとしたら、光の精霊がいると考えられる』


 やっぱり『癒し』は、光の精霊の専売特許なんだ。


『だが、私にそれが感じられないとすれば…それは…あまりよくない状態だということだ』

「…よくない状態、ですか?」


 不穏な言葉だ。


『精霊達がこちらの世界にいる理由は、お前たちヒトとの関わり故だ。特に「守護」をするという盟約の元にいる我々は、人と結びつきが強い』

「はい」


 私は素直に頷いた。


『そして、結びつきが強ければ強いほど、ふるえる力も強い』


 あれ?っと、心もち首をかしげる私を、底知れぬ黒い瞳が見つめた。


「あの…人の『精霊力』は関係ないのですか?」


『精霊力』が強ければ強いほど、精霊の力を引き出せるんじゃなかったっけ? 


『そこが鍵だ。人が「精霊力」と呼ぶもので我々はできている故、「精霊力」は当然我らの方が多い』


 そりゃそうだろう。


『例えば、お前の「精霊力」が10として、私の「精霊力」が100とする。この場合、お前が使える私の力は10だ』


 …めっちゃ、分かりやすい。

 納得しかけたが、闇の精霊は続けた。


『だが、お前と私の結びつきが強くなれば、お前が使える力は増え、20でも30でも使えるようになる』


 あ…そういうことか。








Atogaki *****************



…わー『聖女』サマいないんだ~バンザーイ!…となるには、思い出が邪魔をするアラサーです。




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