第72話 アラサー令嬢は違和感を持つ



 …一通り話し終ったらしい王子が、一息入れてお茶を飲んだ。

 それを合図に、私は口を開いた。


「話を整理しますね。王都から離れた場所で、『聖女』のモノらしき能力の発現が確認され、騎士団長が派遣された。そこにいた『聖女』様らしき方は、私たちと同い年で、来年一緒に『魔法学園』に入学して来そう…ここまであってます?」


 王子は頷いた。

 私はバクバクする心臓を抑えつつ、頭の中で『なるほど。こんな風に突然現れるのね…』なんて納得していた。


「そして、稀少な存在である聖女様をつなぎとめるため、国としては殿下との婚姻を進めていると…」

「それを、1年前に宰相から知ったシリウスが、僕らに隠したせいで、おかしくなってたって訳」

「まぁ…1年も前に」


 そういえば、その頃シリウスが突然、クロフォード領に帰ったのを思い出す。


「よく1年も黙って、いられましたね」


 私はともかく、年がら年中一緒の王子相手に…様子がおかしくなる訳だ。


「まったくね。僕ならひと月持たない自信があるよ」


 少しすねた様子が微笑ましい…けど、話が話だ。

 父親である宰相に口止めされていたんだろうし、王子と私の婚約に直接関わる話なので、さすがに言いづらかったのはよく分かる。

 そして、王子がシリウスを置いて先に来た理由も分かった。


「殿下が先に来たのは、私たちの婚約についてですよね?」

「うん。僕らの婚約には『精霊契約』があるから…――二重に」


 意味ありげにつぶやく彼に、私も深く頷く。

 おかしなことになったなぁと思う。

 正直、これは想定外だった。


(まず王子とヒロインが、恋に落ちるのが先だとばかり…)


 ゲームの開始時期も、学園からだと信じ過ぎていた。


「…陛下は、何とおっしゃっているのですか?」

「父上からはまだ何も云ってきてないが、宰相が乗り気なんだ。父上と侯爵の『精霊契約』には、何らかの破棄条件があるんだと思う」

「なるほど…考えられますね」


 ウイザーズ侯爵おとうさまと陛下の『精霊契約』を前提条件として、私と王子の『精霊契約』がある。


(お父様達の契約が解除になったら、すんなり私達の契約も消えるだろうか?)


 普通に考えれば、前提が無くなればこっちも自然消滅すると思うけど、精霊が取り仕切っている契約なのだ。

 ヒトの当たり前は通用しないだろう。


(『精霊契約』を破る者には大いなる災いを…だっけ)


 思わず、首筋がひんやりとした。

 私はふうっと息を吐く。


「だから、私の精霊様なんですね」


 精霊の話は、精霊に聞くのが一番だ。


「あぁ、頼む」


 殿下と目を合わせ、お互いに頷く。

 私は胸の前で両手を広げて、闇の精霊を呼ぶ。

 待つ程もなく、細かい黒い粒がふわりとした黒い影を作り出し、大きな鳥の形になっていく。


「腕上げたね…!シャーロット」

「有難うございます」


 王子の感嘆の言葉は、とても嬉しい。

 美しい光沢を放つ羽根を持つ、堂々とした黒い鳥は、皆に自慢したくなる姿だ。

 真っ黒だけどカラスっぽくはなく、鷲をタテヨコに伸ばした感じに見える。


 ようやく守護精霊を、粒から形にできたのは12歳位の時だ。

 最初は布のようなものになり、そこから折り紙のように錬成していき、次第に形を取るようになった。

 鳥の形になったのは、私が意図したというより『闇の精霊』の意思だろう。

 ゲームの終盤、『光の精霊』が人型で出て来たので、人型を取るのかと思ったから少し意外だった。


(『光の精霊』はどちらかと言うと、性別が曖昧な感じのキラキラした美形だったけど、『闇の精霊』は声からして、とんでもないイケメンが出てくるんじゃないかと…)


 …でも、そういう方に傍にいられても(色々)困るから、鳥でしみじみ良かったです。



 王子の前では、赤い炎が丸くなっている。

 私はそちらを向いて微笑んだ。


「殿下の『火の精霊』様も、ご機嫌うるわしゅう」


 声を掛けると、炎の玉がほどけてライオンの小型バージョンのようになって、私の手にすりすりした。


「ほんっと、かわいいですね…!」


 もともと猫が大好きだったので、心の中は狂喜乱舞している。


(この世界、ペットとして飼われている犬猫って、いないのよねぇ…)


 鳥はどこにでもいるし、犬や猫に似たような動物は、大体森にいるらしい。

 街でも時折目にしたが、飼われている訳ではなく、自由にふらついているだけらしい。


 アラサー時代は一人暮らしだし、日付が変わってから寝に帰るだけの部屋では、とてもペットなんて飼える状況じゃなかった。


 今は猫の2、3匹どころか、犬の5、6匹くらい余裕の侯爵邸にいるのに…と思わないでもないが、元の世界の『ペット』に関する様々な悲しいニュースを思い返すと、この世界の在り方でいいんだとも思う。


「僕にもシリウスにも、そんな真似しないんだけどね」


 呆れたような、もう諦めたような口調だった。


「光栄ですね」


 悪いけど、嬉しさを抑え切れてる自信はない。


「女の子が好きなのかなぁ…」

「まぁ…」


 私は笑ったが、『火の精霊』はふんっと言いたげに王子を見上げ、その前に横たわった。

 苦笑を浮かべて、その様子を見ている王子と精霊を眺めながら、私は小さな違和感を感じていた。


(ゲームだと、王子が力を振るう際現れた『火の精霊』は小さなライオン似の獣でなく、火トカゲサラマンダーだったんだよね)


 しかもゲームの守護精霊は、普段は具現化することなく、何らかの力を振るう際に姿を現す設定だった。

 もしかしたら、『闇の精霊』に形を与えようとしている私を見て、二人が『自分もできるかも…』と試し出したがのが原因かもしれない。


(そうやって具現化した、シリウスの『水の精霊』もゲームとは違ってる)


 うーん…

 私はヒロインをいじめる気はないし、おそらく『シャーロット』と面識のなかった筈の、攻略対象の一人と出会ったりもしてる。

 

(騎士団長の息子も、王子の側近になってないし…)


 ゲームとこちらとの変化が、もっとたくさん出てくれば、私は『悪役令嬢』にならないで済むのだろうか?

 それとも、どこかで修正プログラムが挟まるのだろうか。


(いや、今はまず『精霊契約』の確認だ!)


 これが上手くいかなかったら、ゲームどころか、最悪、国が危ない。

 この契約もゲームにはなかったものだし、自分が始めたものだ。


(私が、責任を取らないと)


 私は『闇の精霊』と向かい合った。








Atogaki *****************



…ちなみに精霊たちの姿は、精霊力がよほど強くないと見えません(7話参照)。

…王子の護衛二人と、サリーが部屋の隅に控えてますが、声は届いてないので、『話が盛り上がってるなー』くらいに思っています。


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