第71話 アラサー令嬢は逃げ出したい



 王子から、どことなくせわしない、『訪問伺い』の手紙が届いた。


 時候の挨拶とか、庭園の薔薇が美しいとか、基本は踏んでるんだけど、基本だけな感じが余裕の無さを感じさせる。

 それに、精霊様を呼んでおいて欲しい時に入れると決めた、『ハーブティーが飲みたい』も入っている。


(完全に何かあった感じだわ…)


 思い当たるのは、王子と共通の友人であるところのシリウスが、ここのところおかしいので二人で怪しがったことだ。

 そのシリウスも一緒にお茶を、とある。


(原因が分かったなら勿論聞きたいし、王宮で何かあったのかもしれないから…ASAPできるだけはやくよね)


 手紙を持って来て、そのまま後ろに控えてるサリーに問いかける。


「サリー、お姉様がお昼前に戻りそうな日なんてあるかしら?」


 アマレット姉様は、先々月から魔法学園に通い始めた。

 学園は王宮近くにある。

 地方領主のお子様などは寮に入るのだが、王都のウイザーズ侯爵邸は学園まで、馬車で10分も掛からない場所にあるので、もちろん通いだ。


「学園の行事等は存じませんが、アマレット様は週末、お芝居を観にいらっしゃる関係で、前日からノーランド侯爵邸にお泊りになられる予定です」


「ノーランドの大叔母様の所ね。そういえば大叔母様も、お芝居好きでいらっしゃったわね」


 ノーランドの前侯爵夫人は、父の母の妹だ。

 ご高齢だが元気な貴婦人で、私達姉妹も可愛がってもらっている。


(そして、特に姉様がお気に入りだ…)


 前侯爵が亡くなってから、お芝居に目覚めたという大叔母様は、姉様と同じ穴のナントカ…というか、年の差を越えた同好の士な感じだ。


「はい、今劇場では新作がかかっているのですが、原作がアマレット様お気に入りの…その…ロマンス小説の作家様とのことで」


 少し言いづらそうなサリーを、気の毒そうな目で見てしまった。

 そういえば、最近、何時にも増して姉様が騒がしかったのを思い出す。


「…そろそろディナーの席で、ロマンス小説の話が禁止になりそうね」


 サリーが無言で頭を下げる。

 私とお母様(あと就業中の皆様)は右から左へ流しているが、家長として注意をせずにいられないお父様の精神が心配だ。


(でもまぁ、そういうことなら…)


 私は机から便箋を取り、必要事項を書き込み封筒に入れると、サリーに手渡した。


「週末の前日に殿下とシリウス様をお茶に招待しました。少し急ですが、用意をお願いね」

「かしこまりました」


 サリーは微笑み一礼すると、手紙を持って部屋を後にした。




 二日後、ハーブティーと新作のお菓子を用意して、待っていた所に現れたのは、エメラルド王子一人だけだった。

 お土産の白い薔薇の花束を受け取った時に、尋ねてみた。


「よい香りですね! 有難うございます。お手紙にはシリウス様もご一緒とありましたが…?」


 王子はニコッと笑った。

 曇一つない、完璧王子様スマイルである。


「シリウスは、少し遅れて来ることになりました」

「そうですか」


 私もニコッと笑った。

 うわー完全に何かあったなー…と思いながら。




 お茶を一口飲むと、王子は少し身を乗り出した。


「…今日は、大丈夫?」

「はい。精霊様に待機していただいてます」

「そっか…」


 ほーっと、王子は椅子の背もたれに身を預けた。

 珍しいその様子に、思わず指摘してしまった。


「遮断されるのは会話だけであって、姿は見えてますよ?」

「うん、分かってる…」


 声にも力がない。


「…随分、お疲れのようですね」

「ちょっとね。あ、シリウスには時間を1時間遅く伝えてある」


 いつも王子とシリウスがウイザーズ邸に来る時は、シリウスが王子を迎えに行って、一緒の馬車で来るのだが、今日は他に用事があるので別々に行こうと言ったそうだ。


(つまり、シリウスが来る前に、二人だけでしなければならない話があるのね)


「…一体、何があったんです?」


 聞こえないと分かっていても、思わず声を潜めてしまった。

 王子はためらいがちに、口を開いた。


「シャーロット…君、『聖女』って知ってる?」


 控えめな音量の問いかけだったが、私の背景に稲妻が走った…多分。




 乙女ゲーム「天空の精霊王国フィアリーア」のヒロイン、キャロル・グレーテルの守護精霊は『光』だ。

 フィアリーア王国の長い歴史の中では、『光』を守護精霊に持った女性が、大いなる『癒し』の能力ちからで人々を助けることが多かったため、『光』の守護精霊を持つ女性を『聖女』と呼ぶようになった。


(…と、ゲームではナレーション(&テロップ)があったと思う)


 今ならそれは、『光』の守護精霊持ちが現れると、国の危機が訪れるって話だと分かる。


(強い魔獣や、疫病…大いなる癒しの力が求められのって、たくさんの人がケガや病気した時だもんねー)




「…せ、聖女様が現れたのでしょうか?」


 ちょっとぎこちなくなってしまったけど、まぁキョドっても仕方ないよね。

 大きい存在だもの『聖女』さま。

 

(一般的にも…、『悪役令嬢』的にも…)


「僕とシリウスがそう結論出しただけで、まだ本人を見たわけではないのだけどね」


 ほーっと息を吐いた。

 まだ物語は始まっていないらしい。


「…あ、それでは、シリウスが最近おかしかったのは」

「うん。それ絡み」


 王子はあっさりと頷いた。

 そして、地方に現れたらしい『聖女』の話をしてくれた。







Atogaki *****************




…いつも読んでいただいている方々にも、本当ーに感謝しております! 更新がマチマチで心苦しいのですが、この先も付き合っていただければ幸いです('ω')ノ



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