第70話 王子様は納得中
「殿下落ち着いて、順番が逆なんだよ」
シリウスは平然として、何でもないことのように僕に告げた。
むかつく。
「『王子の寵愛』とか、肩書が付いたから身分が上がるんじゃなくて、その令嬢に何らかの価値があって『王子の婚約者』という肩書を付けたがっているじゃないかと…」
僕は頭を傾げた。
「それって、すごいことだよね?」
「だね」
「分かってる?シリウス。それって、その令嬢が『王子』より価値が上ってことだよ?」
「いやそこまでは…」
「違わないよ。その子が僕のための存在じゃなく、僕がその子のための存在じゃない」
シリウスは少し考える素振りをした。
「…なるほど」
「納得しないでよ…」
自分から言い出したこととはいえ、僕はガクッと頭を下げた。
王子という存在が、皆の言うとおり『不可侵』とか、『神聖』とか思ってなかったけど、それなりに重くは感じている。
それを『手段』とされると、さすがに来るものがある。
「そういう見方もできるけど、今回の場合、あくまで『保護』というか『囲い込み』だよ」
「囲い込み?」
「うん、その子を
うーん…
「少し分かってきた」
僕は顔を上げ、シリウスを見つめた。
「つまり、その子は、フィアリーアに滅多に現れない鳥や、獣のような稀少な存在か」
シリウスが大きく頷く。
「僕もその結論に達したんだ…ただ、そうなると調べるまでもなく、答えが出ちゃうんだよね」
意味ありげな言葉と視線を向けられ、僕も少し考えた。
(貴重な、王家が取り込もうとするくらいの存在…)
「王家の血筋…は、ない」
「うん。フィアリーア王家は、建国から今まで血が途絶えたことはないし、分裂もなかった」
失踪した王子、王女の一人くらいはいるかもしれないけど、もしその
「だとすれば…」
不意に、見事な銀色の髪が、僕の意識を過ぎった。
(あぁ、そういうことか…)
「なるほど、答えは出るね」
「でしょ? 僕らには身近に伝説級がいるしね…」
稀少な精霊、『闇』を守護に持つ、シャーロット。
「『闇』が実在するなら、『光』がいても不思議はない」
シリウスがきっぱりと言った。
以前調べた時、『闇』と『光』が同時に存在した時代があったのは、確認している。
「…ということは、新しい僕の婚約者候補は、『光』の守護精霊を持つ――いわゆる『聖女』様か!」
思わず、感嘆の声が出た。
光の守護精霊を持つ人間は、男女どちらもありうるが、女性の場合は『癒し』の力が強く出るため、『聖女』と呼ばれることが多い。
自分が生きている時代に『聖女』が現れるなんて、考えたこともなかった。
(しかも、自分と結婚するかもしれないなんて…)
あまりにも想定外で、現実味が湧かない。
だけど…
「相手が『聖女』なら、宰相の手のひら返しも分かる」
「うん、殿下の婚約者にして、それなりの身分と保護を与えたいんだろうね」
相手が『聖女』である可能性を、考えて来たであろうシリウスは、さすがに冷静だ。
『光』の守護精霊持ちが現れることは、大きな魔物が出る前触れとも考えられることから、『光』の守護を持つ子供が現れたら、各地の領主は国に報告義務がある。
「今まで噂も聞いたことがなかったことから考えて、おそらく地方…それも、厳密な守護精霊判断をしない平民出身だと思う」
一般的に、平民は貴族よりも精霊力が低く、守護精霊が何であれ大した問題にならないため、守護精霊判断は
王都から離れるほど、その傾向は強いだろう。
「僕らと同じ歳で、今頃分かったってことは、何らかの
「『光』の能力というと、普通に考えれば『癒し』か」
「あとは、魔物の撃退とか…」
女の子にそれは…と思ったものの、少し引っ掛かる記憶があった。
「魔物といえば…騎士団長のダグラス殿が、1年前、王都を離れたよね」
「うん、僕もそれを思い出したんだ、殿下。僕が父からこの話を聞いたのと、ダグラス殿が突然、王都を離れた時期は一致している」
僕とシリウスは目を合わせた。
「ほぼ、決まりだね!」
「あぁ、そう思った。それで…」
「うん?」
少し言いづらそうに、シリウスが訊いた。
「婚約者候補が『聖女』だとしたら、殿下はどうするの?」
謎が解明された嬉しさは、儚く消えた。
「…そうだね」
後に残されたのは、先ほど以上に困難さが予想される課題だった。
「…宰相でなく、国王陛下の立場から考えても、やっぱり僕と『聖女』が結婚した方がいいって言うと思う?」
「それは、そうなんじゃないか?」
むしろ、なぜそんなことを聞くという顔のシリウス。
(父とウイザーズ侯爵との『精霊契約』――宰相が知らない訳はないよね)
それでも婚約者を替えろって言うなら、父達の『精霊契約』には僕の知らない穴…破棄するための特別な『条項』があるのかもしれない。
(しかしそれは、僕とシャーロットの間の『精霊契約』に、どう関わってくるんだろう)
そう。問題はこっちだ。
これに関しては、父上も宰相も知らないのだ。
僕らの契約は、父達の契約の上に成り立っている。
(父達の契約が破棄されれば、自然にこちらも無くなるものだろうか?)
いや、分からないぞ。
そんな条件は入れなかった。
想定外のことが起こった場合の『精霊契約』とは、どうなるのか…
(『精霊契約』は、もし破られれば、大いなる災いが契約者たちの身に襲い掛かるという…)
僕とシャーロットだけならともかく、もし国王である父上に何かあったらこの国は…
「…だめだ」
「殿下?」
「僕の判断だけじゃ決められない。シャーロットに相談が必要だ」
シリウスの表情が複雑なものになったが、構っていられない。
女の子に相談する、情けない奴だと思われてもどうでもいい。
正確には、シャーロットの守護精霊に相談しないと。
僕の『火』の守護精霊も、姿を現さないものの、それを勧めている気配がする。
「あぁ、シャーロットの『闇』の精霊に、『光』の精霊のことを聞くのか!」
納得がいったように、シリウスが声を上げた。
僕は目を瞬いた。
(そうか、そっちもあるか…)
むしろ『火』の精霊は、それを言っているのかもしれない。
いずれにせよ、シャーロットに会わなければと、僕はウイザーズ侯爵邸へ『訪問伺い』の手紙を書くべく、席を移した。
Atogaki *****************
…シリウスは『情けない』とは思ってませんが、『やっぱり殿下もシャーロットが好きなんだ…』と思いました。『だとしたら僕は…』『僕のするべきことは…』等とぐるぐると悩みます。
…次回、ようやく登場のシャーロット!鬼門の『聖女』話に震えます。
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