第69話 王子様は聴取中
「…殿下、僕もこの1年間考えたんだ」
シリウスの目に理知の光が戻る。
隠し事もなくなり、ようやく全開で話せるようになったらしい。
「同年代で、シャーロット以上に、殿下に
「…何だって? シリウスも相手を知らなかったの!?」
これには本当に驚いた。
宰相に何を言われたのかは知らないけど、架空の相手でよく自分を納得させられたと思う。
(それも、シャーロットへの想いが絡んでるのは、間違いないだろうなぁ)
芝居の
そんな思いが表情に出たのか、シリウスはバツが悪そうに視線を伏せた。
「父上が断定したんだ、それなりの相手であることは間違いない」
「まぁ確かに、あの宰相殿の言葉は重いよね…」
宰相は今まで、『第一王子の婚約者』について、何も発言してこなかった。
それは必要がなかったからで、言外にシャーロットを認めていたということだ。
(その宰相が今更、口を挟む相手か…)
ようやく、興味が湧いて来た。
「まず、近隣各国の王女様方なんだけど、ラーゼリア国には、僕らと同い年のお姫様はいない。ただ二つ下にいる姫が『聡明』だと評判なので、同じ学年に入れてくるなんてことも考えられる」
「ミレイユ姫だね。だけど彼女は、東の帝国の誰かと婚約していると聞いたことがあるよ」
ラーゼリアは、フィアリーアの東側にある国だ。
そのまた東側にバロウ帝国がある。
「じゃあないね。あと、帝国には姫が何人かいるけど、ウチに寄越す訳はない」
「だね」
大昔は好戦的で、大陸の大半を占めていた帝国は、今は落ち着いている。
フィアリーアとは、その頃の軋轢もあって、付き合いはそれほどない。
「次に西のエゼルマ公国だけど、同い年くらいの姫様は何人かいるらしい」
「曖昧だねー」
エゼルマを治める大公には、3人の夫人がいるが、第一夫人の子以外、公表されることは少ない。特に女性は。
『ベールの中は分からない』
エゼルマ大公の後宮を指す有名な言葉だが、国自体の財力を指す意味もある。
貿易で莫大な富を上げているエゼルマは、帝国と違い、国を大きくすることよりも、民を豊かにすることを優先したと言われている。
(帝国時代に受けた『大公』の称号をそのまま国名にしているのも、ある種の嫌味だろう)
「姫のどなたかが、ベールの中から出て来る可能性があるかな、と思ったんだけど…ね」
思わせぶりにつぶやいた後、『なくなった』とシリウスはあっさり告げた。
「可能性がなくなったの? 完全に?」
「うん。まだ正式な発表前だけど、公女でなく公子が出てくるらしい」
「それは、また…確定?」
「おそらく。割と信頼できる、商人筋からの情報だよ」
シリウスは、宰相である父親と同じか、あるいは父親とは全く別の情報源も持っている、と感じることがある。
シャーロットとは逆に、幼い時から社交に力を入れて、学園入学前ながら既に、貴族の中でも顔が広い。
小さい時から城下に降りていたりしていたのも、この為だったんじゃないかと思う。
「第一夫人でなく、第二か、第三夫人の息子らしいけど…」
そこで言葉を切って、シリウスは髪を掻くように頭に手をやった。
「事前に父上の話を聞いてなければ、この公子で十分、殿下と関わる『特別な人物』だよ」
エゼルマとは、毎年使節団を交換しているくらいの友好国だ。
それでも公子が留学生として来るのは、初めて聞く。
「フィアリーアの貴族学校は『魔法学園』だからね。他国の人間は戸惑うだろう」
程度の差はあれ、精霊魔法が使えて当たり前のフィアリーアの民とは違い、他国では『魔法使い』は生まれにくい。
「まぁ『魔法学園』って言っても、魔法を扱う授業は、全体の5分の1程度なんだけどね」
「そうなの? もう少し多いかと思った」
「魔力の低い貴族もいるし、そうでもなければ、他国の人間が留学して来れないよ」
他国でも魔力を持つ子供が生まれることがあるが、わざわざフィアリーアまで学びに来る子供は殆どいない。
留学生も、学園全体で毎年2、3人程度はいるが、魔力のない、他国の富裕階級の子弟だ。
「それもそうか」
「でも、エゼルマもないとすると、もういないんだよね。目ぼしいお姫様」
シリウスは頷くと、ふっと息を吐いた。
一応、周辺の大国以外も探ってみたけど、それらしい支度をしている家はなかったらしい。
だが、結構な労力を使ったであろう調査が無駄になって、落ち込んでいる様子はシリウスにはなかった。
(…ということは答えは出ているんだろう)
「そうだとすると?」
僕はシリウスに水を向けた。
「…だとすると、全く別の話になる」
「別の話?」
シリウスはこちらに向き直った。
「記録では、今まで王妃になった女性は、国内の公爵、侯爵家の令嬢。他国の王女になっている」
「だね」
「国の年代記には残さないが、身分の低い令嬢が公爵家の養女となって輿入れした記録が、クロフォード公爵家には残ってる」
「…あるだろうね」
国家にとって不都合な真実は、覆い隠される。
身近な例では、弟のマクシミリアンは母上の子ではないが、年代記には実子として残る筈だ。
「今回は、おそらくそれだと思う」
「え?」
「身分の低い令嬢」
…もしかすると平民かもしれないけど、と、怖いことをさらっとシリウスはつぶやいた。
「その女の子に何らかの価値があり、殿下の婚約者にしようとしているんじゃないかと」
「…ちょっと待って、シリウス」
貴族の養女にしてって、そういうのは身分違いの子と、
Atogaki *****************
…1年間、もやもやしながらも、その反動で精力的に動き回っていたシリウスくん。
…もう少し続きます。
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