第68話 王子様は尋問中


「…何か隠してるよね」

「…絶対ですよね」


 シャーロットと意見が合った。

 これで完全に、シリウスが僕らに『隠し事』をしているのが決定した。





 振り返れば、一年くらい前から変だった。

 一年前、シリウスは突然、王都の南にあるクロフォード領に行き、3ヶ月くらい戻ってこなかった。


「え? 殿下にも言ってなかったのですか?」

「うん、聞いてなかった」

「では、本当に急だったのですね…」


 何かあったのでしょうか…幾分、不安そうになったシャーロットに、僕は笑って


『宰相は、まったくいつもと同じだから、大丈夫だよ』


 と手を振った。

 実際、シリウスの父親であるクロフォード宰相は、いつもと変わらず無表情で


「本人自ら、己の未熟さを自覚したので、勉強し直してくるそうです」


 等と、しれっと僕に告げた。

 今更何の勉強が足りないというのか、あの誰より賢い友人は…


 心配させた割りには、シリウスは3ヶ月後、当たり前の顔をして戻ってきた。

 何も変わっていない様子と、少しだけ伸びていた背に、僕は少し不機嫌になったりした。

 シャーロットも


「ズルいです!」


 と、大分抜かされた頭を見上げて怒っていた。


 そんな彼女を見るシリウスの目は、笑っているようで、困っているようで…こう言っては何だけど、甘かった。

 知っていたつもりだったんだけど、


『あぁ、やっぱりシリウスは、シャーロットが好きなんだな』


 と悟らずにはいられなかった。

 3ヶ月前、シリウス本人もシャーロットへの気持ちを自覚するような何かがあったんだろう。

 突然の領地行きは、その気持ちの整理するのに必要だったに違いない――そう思っていたんだけど…





「時々、おかしいのですよね…」

「全く…僕に秘密があるなら、シャーロットには話すだろうし」

「私に言いたくないことがあっても、殿下には話してましたよね」


 つまり、これは…


「「僕(私)達、二人に対する秘密がある」」

「だよね」

「ですよね」


 無駄に長い間、三人でアレコレやらかして来たわけではない。

 どれだけ上手く隠していても、違和感を感じてしまうくらいには、僕らの距離は近かった。





「僕は充分待ったし、もう君から話してくれることはないと思うんで、直接聞くよ」


 僕はにっこりと笑った。


「シリウス、何があったの?」


 王宮内の僕の私室で、二人きり。

 防音、防魔法完璧。護衛もドアの外。

 ここで言えなければ、どこでも聞けない。


「何かって言われても…」


 隠していることを、隠すつもりはないんだろう。

 テーブルをへだて向かいに座っているシリウスは、目を逸らしっぱなしだ。

 だが僕には、『切り札』がある。


「『シャーロット』も心配してるよ。また自分のことで迷惑かけているんじゃないか…って」


 シリウスの表情が動く。

 予想通り過ぎて、面白くないくらいだ。


「…説明できないんだ、殿下」


 苦渋に満ちた声である。


好きな女の子シャーロットに心配をかけても、話せない秘密か…)


 もしやと思ってたけど、国家レベルの問題らしい。

 僕はふうっと息を吐いて、頬杖をついて考える。

 国の重大事を、シリウスには知らされて、自分には知らされない理由は何だろうと…


「ただ、殿下には…おそらく、もうすぐ説明があると思う」

「…何ソレ? 何で、シリウスと僕に時間差があるの?」


 我知らず、ちょっと強い口調になってしまった。

 結構こだわっているらしい。

 シリウスは迷っていたようだが、やがて、静かに言った。


「それは、僕より殿下に、関わりが深くなる話だからだ」

「…何だよ、それ」


 気の抜けた声が出た。 

 自分に関わりの深い話…で、シリウスは事前に知らされた。


(僕には後から)


 じゃあ、シャーロットには…?


「シリウス、僕に関わる話だって言うなら…」


 言葉を切って、僕はシリウスの灰色グレイの目を見上げた。


「シャーロットは関わっていないのか?」


 シャーロットは僕の婚約者だ――今のところ。

 『今のところ』というのは、7歳の時に交わした『精霊契約』の為だ。


 僕とシャーロットは、シャーロットの守護精霊によって

『学園入学以後に、互いに好きな相手が出来た時に、婚約が解消される』

 という契約が交わされている。


 正確に言えば、僕の父である王と、シャーロットの父のウイザーズ侯爵との間で交わされた『精霊契約』が解消されるのだけど。


(結構簡単に交わしてしまった契約に、今、後悔してないかと言えばとても微妙で…)


 …それはともかく、今は間違いなく、シャーロットは僕の婚約者だ。

 僕自身に関することで、シャーロットに何の影響もないとは考えづらい。


 シリウスは今度こそ本当に、言いづらそうに


「…シャーロットにも、関わっている」


 と絞り出すように言った。

 この様子では、『シャーロットもどっぷり関わってる』ということだろう。

 苦悶の表情のシリウスとは逆に、僕の方はそれを聞いて、ようやく腑に落ちた気分になった。


「成程ね。僕の婚約者の事か…」


 つぶやくと、驚いたようにシリウスの目が大きく開かれた。

 僕は心の中で『隠すからだ、ザマーミロ』と思いつつ、わざと軽く聞いた。


「それしかないよね。で、誰が誰を推してるの?」

「…殿下、驚いてないの!?」

「今更、驚かないよ。僕がシャーロットと婚約した七つの時から、その話の出ない年があったとでも思う?」

「それは…」


 シリウスは、口ごもった。

 心当たりが、あり過ぎるのだろう。

 他でもない、目の前のシリウスの祖父が、シャーロットを相応しくないと言い続け、己に女のひ孫が生まれてからは、その赤子を『殿下の婚約者に!』と言い続けてきたのだ。


「いやそれは知ってるけど! でも今度の話はもっと現実味があって…」

「…国王陛下からの話?」

「いえ…僕の父の方から」

「だったら、僕とシャーロットとの婚約が無くなることはない」


 少なくとも今は。

 僕はきっぱりと断言した。


「それだけの確約をされているんだ、僕らの婚約は」


 ある意味、二重に。


「そうでもなければ、僕は疾うの昔に、婚約者を幼女に替えられている」


 これは本当に……助かってます。







Atogaki *****************



…王子様の性格は悪くないのですが、必要があればいくらでも悪くなれます。

…シリウスは性格が悪いですが、王子とシャーロット限定で悪くなれません。


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