第65話 アラサー令嬢は思案する



 それにしても、ヒロインが誰を選んでも『悪役令嬢シャーロット』が破滅するって、おかしくないだろうか?

 今まで『そういうもの』としか思ってなかった設定だけど、改めて考えると変な気もする。


「今日は疲れたので、もう休むわ」

「はい。それではお休みなさいませ」


 優しく気遣う微笑みを浮かべたサリーが、一礼してドアを閉める。

 その足音が去っていくのを聞きながら、私は、アラサーの記憶を取り戻した頃に書いていた『ゲームの覚書おぼえがき』を、久しぶりに取り出した。


 鍵の付いていない机の抽斗ひきだしに入れてあるが、日本語で書かれているので、もし誰かに見られたら


『小さい時、文字の練習に使ってたの』


 とバックレるつもりだ。

 実際、こちらの字を練習した跡もあるので大丈夫だろう。




 …まず、王子ルートは分かる。

 シャーロットは、王子の婚約者だ。

 自分の婚約者を盗られれば、怒り狂ってヒロインをイジメる理由はあるし、破滅する必然性もあるだろう。


 次に騎士ルートは、

『騎士』も『ヒロイン』も平民だから気に入らない → 嫌がらせ行為を繰り返して破滅、だった。

 これも、分からない訳でもない。

 自分の『王子様』に、平民の騎士が就いているのが、気に食わなかったのだろう。


 このルートだとシャーロットの嫌がらせの天秤は、ヒロインより騎士に傾いていて、ヒロインには『同じ平民同士、お似合いですよ』くらい言っていたんじゃないだろうか。


(もちろん、厭味ったらしくだけど)


 その後、聖女として崇められ、王子の婚約者に相応しいのでは?と噂されるようになったヒロインに嫉妬して魔獣を召喚、騎士に魔獣ごと葬られた。

 

(まぁこれも、王子を愛するが故の破滅と言えるわね)



 だけど、宰相の息子ルートは少し違う。

 王子の幼馴染でもある、公爵令息のシリウスが、平民のヒロインに惹かれるのが気に入らない…というのは、分からないでもないが…


(でもだからと言って、ヒロインをそんなに丁寧にイジメる必要がどこにある?)


 ストーカーのごとく、ヒロインの行動を把握して先回り。罵り、陥れ、蔑む。

 シリウス本人にも


『目を覚ましてくださいませ!あの娘はシリウス様にふさわしくありません!』


 等と訴えている。


 ただ、ゲームをやっていた当時は『シリウスの婚約者でもないのに、何の権利があって、アンタがそれを言うの?』とか思ったけど、今の自分シャーロットのポジションだと…


(言う権利――あるかも知れないんだよね)


 例えばもしシリウスが、何かの間違いで、とんでもないヤバい女性に引っ掛かったら、幼馴染の友人として王子も私も、


『目を覚ませ』


 ってシリウスに言うよね。

 

(…これは、そういうことなんだろうか? でも、仮にもヒロインが、そこまで言わざるをえないような、とんでもない女の可能性なんてある…?)


 そして、そんな女にシリウスが、盲目的に惚れるのは考えにくい。


(うーん、聖女…光の精霊様の力って魅惑チャームが使えるんだっけ?)


 可能性なくはない、と思う。

 ゲームのヒロインの、あの異様なもて方だって、無意識の魅惑チャームと考えられなくもない。


(それを意識的に使いこなせたら…)


 そんな犯罪行為に、精霊が手を貸さないなんて言えない。

 何せ、シャーロットは闇の精霊の力を借りて、魔獣を召喚している。


(状態異常を解消する魔法…あるよね。一応調べておかないと)


 精霊力や魔力の行使は、学園で習うことになっている。

 元々興味のある分野だし、この辺は真面目に学ぶつもりだ。


(『闇の精霊』に頼む…っていうのは最終手段にしたいんだよね)


 ゲームの、『闇の精霊』を使い倒して、ヤバイことをしていたシャーロットを思うと、この力はあんまり使っちゃいけない気がする。


(最終手段を持ってるだけで、心強いしね!)


 何せ『悪役令嬢』としては、地雷原を突き進むようなゲームの開幕が、目の前なのだ。



 宰相の息子ルートの断罪シーンでは、細かい嫌がらせを含め、すべての罪が加算され、聖女を命の危機にさらしたことが決定打となり、王子の婚約者から外される。


『貴女はキャロルを私にふさわしくないと言ったが、私は貴女こそが殿下にふさわしくないと断言しよう!』


 その後シャーロットは投獄されて、修道院送り。

 聖剣で斬られたり、沼に沈められたりに比べれば、かなりマシなラストだった。


(私の目指すところは、コレくらいの処分よね。他にも、割と穏便に国外追放になったルートが確かあったはず…)


 王子ルートも最終的には国外追放だけど、聖剣で刺され、断罪裁判され、投獄の後、侯爵家ごと国外追放とフルコースだ。

 絶対避けたい。


「確か、魔法学園の教師ルートだったっけ…」


 ページをめくっていくと、教師ルートが見つかった。

『魔獣を召喚した罪により、精霊力を封じられて、身一つで国外追放になる』とある。


「このルートは、実際に攻略はしなかったのよね…」


 そうつぶやいた瞬間――ざわっと背筋に冷たい物が走った。 


(な、何? 教師って…なんかあったっけ? うーん…)


 そういえば、学園の教師なら他のルートでも見てる筈なのに、ビジュアルすら思い出せないことに気づく。

 

「……ま、まぁどんな相手であれ、結局、私に破滅を招く攻略対象なのは間違いないのだから、気を付けるのは変わらないよね」


 とりあえず不安を押し殺し、教師ルートに★マークを付けておく。




 留学生ルートも攻略してないが、あらすじは覚えている。

 一族の呪いをヒロインに解かれてハッピーエンド…なんだけど、なんでここにシャーロットがかかわるかと言えば、


 留学生は魔法使いで、シャーロットが強力な闇の魔法を使えることを見抜く。

 王子に警告しようとして、まず聖女であるヒロインに相談。

 それを警戒したシャーロットが、ヒロインごと留学生を葬ろうとして返り討ちに遭う。

 

 …っていう感じだったと思う。

 これはシャーロットが、己の扱った魔獣に喰われるやつらしく…騎士ルートと並ぶ残酷さで、勿論避けたい。


「…でも、その『留学生』が3年前会った、あのジルだとしたら」


 魔法は、もう使えなくなったはず。

 それに、シャーロットが昔会った精霊=強力な魔法使い、と気づいたところで、王子はそれを既に知ってるから問題はない。


「まぁジルだと決まった訳じゃないから…要注意くらいかな」




 他はうろおぼえで、メモも『遊び人っぽい先輩』、『シャイな同級生』、『音楽室の人』くらいだ。


「王子や、宰相の息子と比べると地味だけど、それでもシャーロットが破滅するのよね…」


 彼らに婚約者はいないのだろうか?――と頭が痛くなるが、ここまでのパターンとして、『ヒロインを守る為にシャーロットを…』ってトコだろう。


「つまり、シャーロットわたしがヒロインに関わらなければいい、という大前提は、変わらずか…」


 それと今回一つ分かったのは、


『あんまり王子関係なさそう…?』


 ってところだった。

 あれだけ悩んで王子の婚約者から降りようとしたのになぁ…と思わないでもなかったが、王子ルートが一番可能性が高いのだ。

 婚約解消の道を作ったことは、決して無駄じゃない。


「よし!」


 私は覚書を閉じて、机の中にしまった。

 ベッドに横たわると、改めて『ヒロインに関わらない、関わらない』と、手を祈りの形に組んで唱えるのだった。



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