第64話 アラサー令嬢は感謝する
殿下を救い出して来たシリウスと合流して、私達は帰路に就いた。
馬車に乗り、人目が無くなったことで、ようやく姿勢を崩してシートの背面にもたれ掛かかる王子に、私はシートの座面に手を指をつけて頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
「いや、シャーロットが謝ることはないよ。今日は君のために来たようなものだし」
目的を果たした私の髪は、もう銀色に戻っている。
気楽にお茶会を楽しんでみたい、とゆうワガママに付き合わせてしまった王子様は弱々しく笑った。
「…それに、君もシリウスも側にいないと、あーゆー状況になるのだと身に染みた」
「悪かったよ…」
シリウスが、同情に満ちた顔をして詫びた。
殿下は文字通り、人に埋もれていたらしい。
もちろん、王族への礼儀としてある程度の距離は保っていたが、途切れない壁のように、人々に次々立ちはだかられて、神経がゴリゴリすり減ったらしい。
「あの…シリウスからも聞きましたので、『銀の君』を好きに使っていいですからね」
王子はこちらを見て、眠そうな瞳を瞬いた。
「シャーロット?」
「お供でも、誘いを断る口実にでもしてください」
シリウスは王子と目を合わせてから、こちらに向き直った。
「でもシャーロット、他の令嬢から君に…」
もう気にしないと笑ってアピールする。
「私は元々、お茶会にはあまり出なかったので、親しくお言葉を交わす方もいませんし…魔法学園に入学するまであと少しです」
学園に入れば、社交状況がかなり変わる。
基本的に親や家の介入はNGだし、生徒には自主性が求められる。
(令嬢達も、落ち着かざるを得ないのよね)
騒ぎを起こしたら停学や、最悪退学になって貴族としての名誉が保てなくなる。
落ち着かずにはっちゃけた、悪役令嬢の末路のように…
「今まで守っていただいたのです。私でも二人を守れるなら、こんなに嬉しいことはありません」
きっぱり言い切ると、シリウスがため息をついた。
王子もどこか遠くを見つめている。
(あれ?外した?)
結構、本気の言葉だったんだけど…
「シャーロットはさ、自己評価低いよね。低すぎ」
「今まで僕らを守ってきたのは、シャーロットもだろ」
シリウスの言葉に目が丸くなった私に、王子が抗議するように口を開いた。
「お菓子やお茶、精霊や魔法、社交に関することだって、君は僕らに貴重な物や情報を提供してきてくれたじゃないか」
「ですがそれは、私の出来る事というか、やりたい事をしていただけで…」
いや、本当に、やりたい事しかやってない…――だけど、王子とシリウスは笑って言うのだ。
「僕らには、とても有り難かった」
「君が出来る事をしてくれたように、僕らも出来る事を…そう、やりたい事をしているだけだよ?」
二人からポカポカの暖かい気持ちが流れてくる気がした。
(どこかで精霊が笑っているような…)
多分、赤面している私に、シリウスがにっこりと笑いかけてきた。
「納得した?」
「申し訳ありません!」
「謝るところじゃないよ?」
わざとキレイな顔をしかめた王子に、思わず笑ってしまう。
「あぁ、やっとシャーロットが笑った」
ずっと笑っていたつもりだったんだけど…思わず頬をさする。
「し、失礼しました…」
「ここには、僕らしかいないからどんな顔しててもいいけどね」
「あぁ遠慮はいらない」
怒っても泣いてもいいよ、と笑う王子はとてもイケメンでカッコよかった。
「できれば笑っていたいよね」
首を後ろに倒し、妙にしみじみ言うシリウスに、私は頷いた。
「はい」
私は二人に向き合って、頭を下げる。
「今日は、私のワガママに付き合っていただき有難うございました」
「どういたしまして」
「こんなワガママなら、いくらでも付き合うよ」
こうして、『黒髪版シャーロット』の、社交界お試し計画は、終わりを告げた。
反省会はまた後日、日を改めて行う事として。
家に戻って、お母様に一部始終を話した。
『銀の君』の事は、「2人の盾」とか「令嬢達の言い分」とかの話はなしで、そう呼ばれているのを初めて知った、くらいで留めておいた。
『私』の噂を、知ってか知らずか、いつものように優雅に微笑むお母様を見ていたら、口からポロっと言葉が出てしまった。
「学園に入れば、女の子のお友達ができるかしら…」
お母様は微笑んだまま、私の両手を自分の両手で包み込んだ。
貴婦人の美しく繊細な白い手は、まだ私のものより大きい。
「大丈夫よ。私の自慢のシャーロットですもの。きっと素敵なお友達ができるわ」
このお母様は、あの
「有難う、お母様」
素直に感謝して、頭をコツンとお母様の胸元に当てる。
優しい手が今度は体全体を包んでくれた。
つぶやかれた『私のシャーロット…』という響きは、私と混ざり合っているシャーロットの領域に甘く染み込んでいった。
夕食は、私の好きな物が多かった。
部屋を出る時にロイドにお礼を言って、後でサリーから、料理長たちに『美味しかった』と伝えてもらった。
今日はお礼を言ってばかりで、それはとても幸せなことだと気づいた一日だった。
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