第63話 アラサー令嬢は赤面する



「あの件から、僕らが学んだのは、『令嬢関連の噂は放置できない』ってことだった」


 どの令嬢も可愛らしいが、その可愛らしい口から出た、可愛らしい言葉フェイクを政治的に利用する大人がたくさんいる。


「それなら、最初から噂を一方向に固定した方がいいって思ったんだ」


 なるほどなー…


「それで『銀の君』なんですね…」


 うん、とシリウスが頷いた。

『銀の君』と、誰が最初に言ったのかは分からないらしい。


「『銀の君』という名称は、君の名を出すことなしに君を象徴している」


 学園入学以前の貴族の子女に、『銀髪』はシャーロットだけ。


「身分的にも、美しさも、令嬢方が誰一人かなわない存在。そんな『銀の君』に、僕らが自ら寄り添い、守っていると広めたら、他の噂がキレイに消えた」


 認められた存在を前に、『自分の方が…』というのは、確かにおこがましい。

 だがしかし……自分の顔が赤くなっていくのが分かる。


「そ、そういうことだったんですね。誰からも文句の出ない相手なら、確かに盾になれますね。ただ…」

「ただ?」

「噂が独り歩きしてるって、前に殿下からうかがいましたが、こういう事だったとは思いませんでした」

「ごめん…」


 シリウスがうなだれた。


「一応、君が外へ出る時は僕か殿下、両方ともいない時は断るか、君に好意的な貴族しか出ない集まりで、と徹底したつもりだった」


 それなら危険もないだろうと。


「あと、そもそも君は、殿下の正式な婚約者だ。その君に恨み言をぶつける令嬢は、さすがにいないと思っていたんだけど……君がいるから僕らに近づけないと、令嬢達の不満が君に伝わることで、君が傷つくことまでは考えなかった」


 確かにそうだったんだけど…いや、もうその辺はどうでもよくなってきました。


「シリウス、あの、その噂で二人が『楽』ならもういいです」

「だけど、シャーロット」

「私には女の子の友達はいませんが…殿下とシリウスがいますし、お姉様もいます」


 姉様と並べられた戸惑いか、シリウスの口の端が一瞬引きつった。


(この先、魔法学園に入れば、生徒の半分は女の子だ)


 シリウスも王子も、ヒロイン他たくさんの令嬢と嫌でも出会うはずだ。 


(だから今はまだ、令嬢との出逢いを促進するより、彼らが『楽』な方でいいや)


 それにしても…


「私が驚いたのは、『私』が噂で、そんな…う、美しいとか言われてる方で…」


 私が赤くなっているのにつられた様に、シリウスの頬も紅潮してきた。

 確かにシャーロットは美少女だと思うけど、今日見た令嬢方も十分キレイだったので…。


「そんな噂になってるなら、やはりあまり表に出ず、時折扇か何かで顔を隠して出て、サッと消えるのがいいかなぁと…」


 これ見よがしに銀の髪をなびかせて、両脇は二人に隠してもらって…そんな風に思っていると、シリウスが目をぱちくりさせた。


「…え、何言ってるの? 僕ら真実しか言ってないよ」

「え…」

「少ないとはいえ、君を見知ってる人はいるし、その人たちも否定していない。だからこそ、他の噂が聞こえなくなったんだよ」


 え、え、えー…今度はこちらの目が大きく開く。


「僕らの世代じゃ君が一番高位令嬢で、君は誰よりも綺麗だ…よ」


 声を途切らせたシリウスと、目が合ってしまった。


 シリウスの瞳は不思議だ。


 一見、何もかも弾かれそうな気がする灰銀色なのに、覗き込むとベルベットのように柔らかく引き込まれていく。


「シャーロット、僕は…」


 シリウスが何か言いかけた時、植込みをかき分ける音がした。


「あ、お二人ともここにいらっしゃったのですか!」


 侍従の服を着たお兄さんだった。

 シリウスが「カーティス…」とつぶやく。顔見知りの人なのだろう。


(あれ…)

 

 声がやけに近くで聞こえたことに気づいて、私は、はっとした。

 すぐ近くにシリウスの胸があった。

 い、いつの間に!


(距離が近い、近い、近ーいっ!)


 顔を上げると、同じく驚いた様子のシリウスが目に入り、二人してあわててお互いから離れた。

 そんなこちらの焦りを気にした様子もなく、侍従さんは困り顔で続けた。


「殿下が少しお疲れのご様子なので…」

「分かった!」


 シリウスがはっとしたように、きびすを返す。


「すぐ行く。あ、シャーロットは元の部屋に戻っててくれる?」

「はい!」


 私は力強く頷いた。

 頭の熱を振り払うように。


 急ぎ足でその場から遠ざかりながら、私はブツブツつぶやいた。


「あーびっくりしたー…あの顔にキレイだなんて言われたら、誰だってぼーっとするよねっ!」


 ゲームの攻略対象者は全員超美形!で、衣装やスタイルも素敵で、スチルを見てはニマニマしてたけど…前世の推しは、少年時代いまでもも十二分魅力的だ。


 気を付けないと、理性とか正気とか色々持って行かれてしまうかもしれない。


(落ち着いて、落ち着くのよ、シャーロット)


 攻略対象にときめくなんてダメだ。

 絶対に。


シャーロットわたしは、悪役令嬢なのだから)


 それは間違いなく、身の破滅なのだ。







Atogaki *****************




…少し離れた植込み陰の会話。


『バカバカバカぁぁぁー』

『カーティス、やってくれたわねぇぇー!』

『あんないい雰囲気だったのに…』

『もう少しだったのにーーー!』

『あともう少しあれば…』

『シリウス様が想いを…おもいをとげられたのにぃぃぃー!』

『カーティスはあーゆー奴よ!本当に気の利かない!!』

『よく、あんな状況にずかずか入り込めるわね…』

『空気が読めない侍従なんて』

『再教育よ!』


…カーティス君は再教育になるようです。

…話が聞こえていたわけではなく、あくまで雰囲気で判断しているメイド’ズ(メイズ?)です。


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