第62話 アラサー令嬢は納得する


「え?ちょっと待って、シャーロットが謝ることじゃないよ!」


 密かな決意に燃えていると、シリウスが驚いたように口を開いた。


「…でも、お茶会や季節の行事。私が出席する時には、必ず殿下やシリウスに頼っていたから、そんな話になってしまったのでしょう?」

「それはそうかもしれないけど…いや、違うんだ」


 微妙にこちらから視線を外すシリウス。


「あー…その、君が『銀の君』と呼ばれているのは知っていた。殿下も僕も。君がいるから、他の令嬢方が僕らに近づけないって噂も…」


 想定内だったので、私は軽く頷いた。


「でも僕らは、その噂を放置することにしたんだ」


(まぁ、噂が消えてないんだからそういうことだよね)


 少し『らしくない』かな?とは思う。


「害はないから…っていうと、卑怯だな。ゴメン、謝るのは僕の方だ、シャーロット」


 意を決したように、シリウスが頭を下げる。


「少し考えれば、君が嫌な目や危ない目にあう可能性に気づけた筈なのに。僕らが楽だから…」


 ちょっとおかしな言葉を聞いたので、聞き返した。


「楽?ですか?」

「…つまり、僕や殿下にとっては、令嬢方が近づいて来ない方が有難いんだ。本当に…」


 シリウスは疲労をにじませた声になり、片手で目の上あたりを押した。


「…今日もだけど、僕や殿下は人の集まる席に顔を出すと、周囲が人で埋まってしまうことがよくある」


 それは、今更では…? 私は少し首を傾げた。


「あの…王家や公爵家の方々には、それなりの付き合いを願う方が多いでしょうし、特に殿下には、同年代の男子であればご挨拶しない訳にはいきませんよね?」


 しきたりですもの。


「うん、それは僕らも納得してるし、何気ない会話が多いけど、そこから思いがけない情報を引き出したりもしてる」


 さすが宰相の息子だー。思わず感心していると、シリウスはきっぱりと告げた。


「だけど令嬢たちは別だ。彼女たちには明確な目的があって、僕らに近づいてくる」


 それは…でも、それも仕方ないのでは?

 眉目秀麗で家格が高い。

 シリウスも王子も、令嬢方にとっては超優良なお婿さん候補だ。


(王子には一応婚約者はいるけど、第二妃でもいいから仲良くなって来い!ってお家もあるだろうし…)


「君のお姉さん…アマレット嬢は分かりやすく強引だけど、それだけに避けることもできる。それに独自の思考を優先しているみたいで、僕らがどうしようと恨みに思ったりもしないし後も引かない」

 

(お姉様…理解されてますよ)


 確かにアマレット姉様は、ふられたとしても気づかない…というより、脳が認めない気がする。


「それに何より、アマレット嬢は君の悪口は絶対言わない…それだけでも僕らは有難い」


(お姉様…)


 …ほっこりした気分は一瞬だった。


「まぁ、迫られて困っている僕に、助け船を出そうとした殿下が話しかけたら、あっさり…ギラギ…いや、キラキラした目が殿下に移動したんで、殿下は引き気味だけど」


(お姉様…)

 

 …やっぱり王子にやらかしていたんですね。


 私が側にいると、姉様にシリウスや王子を紹介せねばならず、

 私が紹介すると、二人は逃げられない。


(なので彼ら二人のいる席で、姉様と一緒に出席することはなかったのがアダに…)


 後から『あれからしばらくの間、王子が女性の香水の匂いを嗅ぐだけでびくっとなってた』と聞いて、心の中で王子に謝り倒した。







「…他の令嬢は違う。僕らの一挙一動を追い、一言一言に意味を見出して食いついてくる」


 覚えているかもしれないけど…とシリウスは前置きした。


「去年、殿下が君も僕もいない茶会、王妃様主催の…に出席したことがあって、その場で2、3言葉を交わしただけの令嬢が、『殿下と親しく話して、とても気に入っていただけた』という話を親にしたんだ」


 あぁ~話が見えてきた。


「無論、ただの願望だったんだけど、それを聞きつけた爺公爵が、尾ひれ背びれをつけて『エメラルド殿下は、ウイザーズ侯爵令嬢を嫌っている』と、社交界に広めたんだ」


 何度か聞いた『王子は今の婚約を喜んでない』噂の、私を嫌ってるバージョン。

 あれって、爺公爵の完全創作じゃなかったのか。


「出所は、この上なくはっきりしていたんだけど、場所が場所だから打ち消すのも苦労して…」


 『王妃様のお茶会』だもんねー。

 その令嬢だって悪気があった訳じゃないし…たぶん。


「その間に殿下は、噂を信じた…あるいは信じるフリをした、娘を持つ貴族に次々面会や、見合い目的のお茶会を求められた」


(うわぁ~、ただでさえあの頃の王子は、公務を幾つか任され初めて忙しかったはず…)


「対応間違えると、さらに面倒になるし……大変だったんだ」


 シリウスが虚ろな目でどこか遠くを見た。

 私も色々、思い出してきた。


 王子様はどんなに忙しくても、婚約者義務みたいなもので、月に一度は必ず会いに来るんだけど、思わず『体調が悪いのに無理して来なくても…』と、言ってしまった日1、2回あった。


 だけど王子は、はかなく笑って…


『いや、僕はこの時間休めると思えば、ありがたい…』


 …って、首を振った。

 あの時、珍しくシリウスは一緒に来なかったが、おそらく対応に追われていたんだろう。


「一時期、殿下がかなり顔色悪かったのって、公務だけじゃなかったんですね…」

「うん。あの時は、君から送られて来る、お茶とお菓子が、心と体の支えだったよ…」 


 帰り際に、とにかく手持ちのハーブと、お菓子を全部持たせて正解だったようだ。

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