第17話 幼女アラサーはとぼける
持ち込んだ責任なのか、まずシリウスがナイフとフォークを手に取り、優雅な仕草で菓子を切り分け、口に入れた。
「少々甘さが強いけど、及第点だと思います。お二人ともどうぞ」
王子がこちらを見たので、軽く頷いて、自分もカトラリーを手に取った。
「あ」
口に含むとカリッとした感触が舌に触れる。懐かしい食感に、思わず声が出た。
(カヌレだ! わー、こっちの世界にもあるんだ。これがあるなら他にもフランス系のお菓子ありそうー)
「何かありましたか?」
「失礼いたしました」
あわてて弁解した。
「やわらかいのかと思ったら、カリッとしていて驚きました」
「そうだね、珍しい」
「カリッとした部分は、ハチミツだと聞いてます」
カヌレにはラム酒が入っていたと思うけど、これには入ってない。
元々入ってないのかもしれないし、子供が食べるから加減されたのかもしれない。
「とてもおいしかったです。ありがとうございました、クレイフォード様」
「よろしければ、シリウスとお呼びください。シャーロット嬢」
うーん。相手が『シャーロット』と名前で呼んでるんだから、いいのかな?
瞬間迷ったところで、王子の柔らかい声が耳に届いた。
「呼んであげてくれるかい、シャーロット。『クレイフォード』だとお父上みたいで、落ち着かないんだろう」
「なるほど。私も『ウイザーズ嬢』と呼ばれると、姉のアマレットと迷いますから」
シリウスが笑顔のまま頷き、口を開いた。
「アマレット嬢とは、先月お茶会でお会いしました」
「まぁ」
2つ上のアマレットは、一昨年お披露目が済んでいるので、たまに余所の家のお茶会などに出かけている。
「シリウスは、僕らと同じ歳だから、まだお披露目は済んでないだろ?」
不思議そうに王子が聞いた。
お披露目は毎年、秋に行われることが多いので、今年はまだだ。
(普段は領地にいる貴族も、秋の建国祭にはこちらに集まるので便利だからだと聞いた)
この世界、貴族の家では、大体7、8歳で、子供のお披露目がある。
呼ばれるのは主に身内だが、これによって初めて『……家の子息』『……家の令嬢』と認識されるようになる。
つまり、それまで、子供の存在はある意味、曖昧なものらしい。
(昔って西洋でも東洋でも、子供の生存率って低かったから……)
日本でも『七歳までは神の子』って言葉があった。
(この世界特有の『守護精霊』が7歳で……にも関係あるのかなぁ)
「父方の親戚のお茶会です。数合わせに駆り出されました」
「父方というと、ラッセル公の所か」
はい、というシリウス。シャーロットも納得がいった。
「ラッセル公爵は、母のお兄様です。その縁で、姉も出席させていただいたのだと思います」
「えぇ。公爵からもそう紹介されました」
シリウスくんは笑ってる……が、なんか怖い。
顔も目も笑ってるんだけど、雰囲気が笑ってない?
(あ、なんか思い出してきた)
薄ぼんやりとしている『シャーロット』の記憶の断片に、アマレットが「私は次の公爵夫人になるの!」と興奮していたスチル……いや思い出がある。
(姉は、妹が王子と婚約しそうなので焦ってて……なんて弁解は、しちゃダメだよね)
『年下でもいいわ!』なんて叫んでたなんて、絶対話したらダメなヤツだわ。
「姉は、社交的で、とても明るい方なんですよ」
なるべく無邪気に言ってみた。
「なるほど、確かに色々な方に話しかけていましたね」
うんうん頷くシリウスくん。
「そうなんだ?」
「はい。私もお披露目の後は、見習わないといけませんね」
「シャーロットは、賢いから大丈夫だよ」
王子様に、さらっと褒められてしまった。
シリウスと違い、にこっと笑ってる王子に、裏の意味はなさそうだが。
なんか焦る。
「おそれいります」
「そうなんですね」
シリウスはどこか面白そうだ。
「うん。あ、シャーロット、精霊王の本持ってきたよ」
「ありがとうございます!」
おぉ!これは嬉しい。
王子の合図で護衛の一人が、少し厚い本を持ってきた。
重いからか、テーブルの上、王子とシャーロットの間の場所に載せられる。
もの言いたげなシリウスの視線に気づき、説明する。
「家にも系図などはあるのですが、精霊王本人に関する本がなくて」
「精霊王にご興味が?」
「はい。というか『精霊』に興味があります」
「守護精霊が分かったばかりですしね」
はい、と返しながら少し嫌な予感がした。
「シャーロット嬢は『土』の加護でしたよね」
何気なく言われ、やっぱりそうきたかと思った。
しかし何で知っている。侯爵家次女の守護精霊なんて。
「あー僕が話したんだ、シリウスには。ごめんね、シャーロット」
「いえ、別に秘密でもなんでもありませんから」
「失礼、僕の方を先に話すべきでした。僕は『水』の加護をいただきました」
よく知ってます――そう言うわけにもいかず、シリウスに向かって、にっこり笑ってみせた。
(『王子様が「火」だから、(次期)宰相として抑える立場のシリウス様が「水」なのよね~』という、ゲーム友達のうっとりした声が脳裏によみがえる……)
今の王様と宰相。
つまり王子のお父さんと、シリウスのお父さんも『火』と『水』のはずだ。
ついでに、攻略対象は、属性がほぼ皆バラけてましたね……。
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