第16話 幼女アラサーは苦悩する
読みたかった本と、婚約者(未満)の王子様がやってきた。
それはいい。
予定していたし、予告もされていた。だけど……
「初めまして、シャーロット嬢。シリウス・クレイフォードといいます」
なぜか目の前に、右手を左胸に当て、優雅に礼をする黒髪灰目の美少年がいる。
何かの間違いであってほしいが、隣で苦笑している王子様からフォローが入る。
「ごめんね。彼がどうしても一緒に来たいって、きかなくて」
攻略対象その2が来るなんて、聞いてませんことよーーーー!
シリウス・クレイフォードは王子の幼馴染で、現宰相の長男だ。
四大公爵家、クレイフォード家の跡取り。
頭脳明晰で、クール担当。攻略対象の一人だから、ハイスペック美形なのは当たり前。
(『王子ルート』も繰り返しやったけど、たぶん一番やりこんだのは、この『シリウスルート』だった気がする)
黒髪、青みがかかった灰色――アッシュグレイの瞳がとてもきれいな、リアル女子高校生時代の自分の推しと、こんな場所でエンカウント……
(い……いやあぁぁーーー!王子の時と違って、心の準備が何もなぁい!)
脳内パニックは表に出てないが、分かりやすく固まっているシャーロットを見て、シリウスが困ったように頭を下げる。
「お約束も入れず、本当に申し訳ありませんでした。お詫びにもなりませんが、最近評判の焼き菓子をお持ちしましたので、どうぞお召し上がりください」
「……あ、有難うございます。サリーお願い」
理性を総動員して、体と心のフリーズを解く。
サリーもほっとしたように進み出て、うやうやしく菓子箱を受け取った。
「お心づかいに感謝いたします、クレイフォード様。私はシャーロット・シメイ・ウイザーズ。ウイザーズ侯爵の次女です」
カーテシーが、なんとか揺れないで出来たことに胸をなでおろした。
玄関ホールでのやり取りの後、応接室へ二人を案内する。
いつもなら2席用意されてあるテーブルには、きちんと1席増えていた。
(いざとなったら、ソファセットの方に座ればいいかと思ってたけど、さすが)
ウイザーズ侯爵家は給料の良さから、優秀な使用人が集まるらしい。
あっちでもそうだけど、こっちでも労働に対する報酬は、やる気の大事なファクターのようだ。
自分も社畜ではあったが、給料は割といい方だった。
(だから辞めるきっかけがつかめず、あげく……と思うとやりきれないけど)
使うヒマがなかったから、貯金はかなり貯まっていた筈。
配偶者も子供もいないんで、預貯金は全額親に相続されただろう。
……逆縁の不幸をしてしまった、穴埋めになっていればいいと思う。
(それにしても、一度くらい海外旅行がしたかった……)
異世界には、来てしまったが……
テーブルは円形なので、王子を挟んで右側にシリウスを、左側に自分が座る。
一人増えたせいか、テーブルの上には、伏せたカップ&ソーサーはあったが、ポットはなかった。
椅子を引いてくれた従僕が立ち去ると、入れ替わりに、ワゴンを押したメイド達が入ってきた。
彼女らが手際よく、テーブルに華奢なふちの皿や、小さなナイフ、フォークをセッティングし、菓子を取り分けて行った。
こげ茶色の焼き菓子で、形はゼリーみたいだ。甘い匂いがする。
最後に残ったサリーが、熟練の手つきでお茶を淹れてくれた。
「これが評判の?」
お茶を煎れ終ったサリーが、礼をし、壁まで下がったところで王子が口を開いた。
「はい。城下の街で流行っている物を、当家の料理人に作らせました」
あ、成程。買ってきたんじゃなくて、家で作ったんだ。
そりゃそうか、王子様が食べるんだもんね。
その辺で買った物を、そのまま出せるわけがない。
「とても美味しそうです。有難うございます、クレイフォード様」
微笑んで礼を言うと、シリウスも微笑み頭を下げる。
王子より少し大人びた表情に、思わずドキッとする。
落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせる。
(これはゲームじゃないし、
王子はニコニコしている。
二人が仲良くなってくれたら嬉しいな~の顔だ。
くっ、負けるわけには……いや、友達になっておいた方がいいのか?
破滅を避けるためには、とにかく『攻略対象達&ヒロイン御一行』とは、離れていた方がいいと思っていた。
しかし、すでに王子とは『友達』というか『仲間』と言っていいような仲になっちゃってる。
シリウスは王子の『親友』。どのみち、避けられないかもしれない。
(だったら少しでも親しくなって、良い印象を持ってもらう方が……いや、そこでやらかして、破滅の一歩になるのかも……)
どこに地雷があるのか。
どこまでゲーム世界と同じなのか、それを知る方法があればなぁ……と空しく思った。
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