第14話 幼年王子は歓談中
「大変だったみたいだね、王子様」
王宮内――エメラルド王子の部屋に通され、二人だけになった途端、いわゆる『ご学友』の口調が崩れた。
「他人ごとみたいに言うね、シリウス」
王子は笑顔を崩さない。
「いや、だって、ウチも公爵家だけど、今から娘作って、お前に嫁がせようとはしてないからね!」
さすがにねぇ……と、四大公爵家の一つクロフォード家の跡取り、シリウス・クロフォードが、年に似合わないしみじみとした声を出した。
「あのじーさんには、昔から、さんざん『貴様が女なら!』って言われ続けたからなぁ」
シリウスは王子と同い年なので、女性だったら間違いなく婚約者の大本命だったはずだ。
「そろそろ、あきらめたかと思ってたんだけど……」
「全く、あきらめてないみたいだね」
「引くね~」
口調は軽いが、視線は同情に満ちている。
「10歳まで待ってくれだっけ? じーさん公爵の許容範囲が歳の差10かー……じーさん自分は年上の女房もらったくせに」
「そうなのか?」
「うん。あぁ、だからかな。女は年下がいいって、酔って父上にぼやいてたなぁ」
「深い理由がありそうだね」
妻の尻に敷かれてる老公爵を想像してみて、王子は少し気が晴れた。
「で、王子様はどうなの? 年上でもいいなら、選べる範囲が広くなるんじゃない?」
「かんべんして。年上も10年下もきついよ」
げっそりとした王子に、シリウスはいたわるように言った。
「でもそうすると、ウイザーズ侯のトコの『シャーロットちゃん』になっちゃうよ」
「……そうだね」
いつもなら、『シャーロット』の名を出すと、嫌そうな顔をしがちな王子が、今日は普通に流してる。
シリウスは、いぶかしげに尋ねた。
「……そういえば、最近ウイザーズ侯邸に行ってるの?」
婚約が決まりそうな半年前くらいから、この王子は、たまに顔を合わせに行っていたはずである。
「あー、うん。婚約が正式に決まったって、陛下から言われたし……これから長いつきあいになるだろうし……仲が悪いよりはいい方がいいかな、って」
煮え切らなさはあるようだが、王子の様子は明らかに前向きで好意的だ。
思わずシリウスが声を上げる。
「何かあった?」
「え?」
「何があったの? ねぇ王子、いやエメラルド殿下!」
「何がって、何が?」
「だって、シャーロット嬢ってワガママでかんしゃく持ちで、できれば遠慮したい相手なんじゃなかったの?」
王子は、あーっと微妙な声を上げた。
婚約者候補について、目の前の相手に愚痴った記憶はしっかりあった。
「いや、よく話してみると、言うほどひどい子じゃなかったみたいで」
「つまり、仲直りしたと……」
(仲直りも何も……)
王子はシャーロットとの、ごくごく短い付き合いを振り返る。
会ってしばらくのシャーロットは、『殿下のよろしいように』という割には、王子とアレがしたい、王子からコレがほしい、ばかりで、喧嘩どころかまともな会話にもならなかった。
しかし今では、『精霊契約を交わす』ほどの仲になっている。
(……とは、シリウス相手にも、言っていいものかどうか)
結局、王子は無難に返した。
「そんな感じかな」
「へぇぇぇー」
王子が何か隠してることを、シリウスは本能的に察した。
物心ついた時から王城に出入りしていたシリウスは、王子のことなら何でも知っていると自信を持っていた。
父親のクロフォード公爵は、王の宰相で、将来的にシリウスもその座につく可能性が高かった。
お互い、生まれた時から重責を担った者同士。
シンパシーも感じていたし、自分が王子を支えるんだ、という自負もあった。
その王子は、彼の目の前で、今まで見たことのない表情を浮かべていた。
「少し
何を思い出しているのか、どこか遠い目になる王子様である。
「はー、最近よく花を贈ってるって聞いたけど、まんざら義理じゃなかったんだね」
「どこでそんなことを!」
どうせ僕にプライバシーなんてないよね……ぼやいて、赤面する王子をシリウスは複雑な顔で見守る。
「庭園で虫に驚いて、転んで寝込んだとか。本が読めるようになったのがうれしくて、夜ふかしして倒れたりしたんで、お見舞いに花を贈ったんだよ」
「……そんなタイプなの? ウイザーズ侯爵令嬢って」
シリウスは意外さを、隠し切れなかった。
『ウイザーズ侯爵令嬢シャーロット』については、実のところ噂でいろいろ聞いているのだが、甘やかされてワガママ放題という、当たり前の、高位貴族の令嬢という印象だった。
(『本を読むために夜ふかししている』令嬢だなんて、想像すらできない)
「花もそうだけど、本が好きみたい。歴史や精霊に興味持ってたから、僕の持ってる本を今度貸すって約束をした」
その辺りは、王子も最近興味がわき、単純に話が出来るのが嬉しいため、いい笑顔になっていた。
シリウスはもう、何を聞いても驚かなかった。
代わりに、王子に頼み込む。
「ねぇ、近いうちに本を持っていくんだよね。それに僕も一緒について行きたい」
「えっ」
「お願いします!殿下。シャーロット嬢と会ってみたいんだ!」
親や、彼に甘い祖父母にさえ、訴えたことのない熱心さで、シリウスはまだ見ぬ侯爵令嬢への面会を、王子にねだった。
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