第12話 幼年王子は修行中
「エメラルド、お前の婚約者が決まった」
フィアリーア王国第一王子、エメラルド・フィアリーアが、父である王にそう告げられたのは、7歳の誕生日から2週間後だった。
場所は王の執務室の一つ。
ここで話し合われるのは、主に身内の問題の為、部屋にいたのは国王親子の他には、侍従が二人だけだった。
「ウイザーズ侯爵家のシャーロット嬢、ですよね」
自ら名をあげてしまったのは、密かな抵抗だったかもしれない。
そんな息子を眺め、王様はハンサムな顔に面白がるような表情を浮かべたが、否定はしなかった。
「そうだ。秋の建国祭で正式に発表する」
「はい」
分かりました……と言いかけた時、執務室のドアが控えめにノックされた。
近くにいた侍従が、ドアを開けると、うやうやしく頭を下げる侍従長がいた。
「どうした?」
「殿下とのお話の途中、まことに申し訳ございません。ハーロゥ公爵様が、陛下に至急お目にかかりたいと、前触れもなく伺候されております」
「ふむ」
全く驚いてないところを見ると、予期していた事態なのかもしれない。
エメラルド王子は、いやーな予感が抑えられなかった。
「……行こう。エメラルド、お前も来なさい」
『いやです』と言えるわけもなく、王子は一礼して父の後についていった。
「陛下!ご機嫌麗しゅう。いやー、急に参って申し訳ない」
公爵家専用の豪奢な客間に入ると、体格の良い初老の男性が立ち上がり声を張り上げた。
若い頃は、武人でもあったウィリアム・ハーロゥ公爵の声はとにかく大きい。
お年を召したから、お耳が……の説もあるが、若い頃から声が大きかったらしい。
「おぉ、エメラルド殿下もご一緒とは! これはこれは光栄ですな!」
明るく快活な友人の言葉が、対外的な微笑みを浮かべる王子の脳裏でよみがえった。
『ハーロゥんとこの公爵、母方のおじい様なんだけどさ、会うたびに耳がしびれるんで、耳に綿を入れるようにした!』
その時は自分も一緒になって笑ったが、今切実に、耳に入れる綿が欲しいと思った。
王は一段上にある椅子についた。
王子はその左斜め後ろに立つ。
公爵は二人の正面に片膝をつき、一礼をした後、立ち上がった。
「お忙しいところ、あまり邪魔をしたくないので、本題に入りますが……」
忙しいとわかってるならジャマしないでください、と王子は胸中でつぶやく。
「恐れ多くも、そこにおられるエメラルド王子のご結婚のことでございます」
「結婚もなにも、王子はまだ7歳だが」
王様は、しれっと
「此れはしたり! 少し気が早かったですな」
老公爵は豪快に笑う。
壁や天井を震わせるほどに。
「言い換えましょう、そちらにおわします殿下の、ご婚約のことでございます」
「それも、少し気が早いな」
「いえいえ、王家の世継ぎは7つでご婚約される
「決まっているわけではないぞ。実際、我が父も、母と正式に婚約したのは13の時だと記録されている」
「覚えておりますとも。当時は、隣国ラクルンドが
まぁ、精霊の加護の
王子は、耳を押さえたい衝動と必死に戦っていた。
それでも、直立不動で――、なおかつ鍛えられたポーカーフェイスを維持する様子に、侍従長は『ご立派ですぞ、王子』と心で涙をぬぐっていた。
「確かにお二方の、ご婚約発表は13くらいでしたな。ですが、内々には前陛下が7歳の時、決まっていたと記憶しております」
「そうか? 聞いてはおらぬが、内々の話なら、いくらでもあっただろう」
渋い表情になる公爵とは対照的に、王の顔はあくまで涼しげだった。
タヌキとキツネだなぁ……王子はありがちな寓話に二人を当てはめていた。
「ではお伺いしましょう。内々にでしたら、殿下の婚約者は決まっておられるのですか?」
「何人かには、絞られているな」
家柄、年齢などで、ある程度候補が絞られているのは、当然の話だ。
「もちろん、公爵家から迎えられましょうな?」
「ほう。寡聞にして知らぬが、公爵家に王子と年回りの合う、ご令嬢がいたのか?」
いたら連れてきてもいいんだぞ?と、王は形の良い口の端をつり上げた。
「それとも、
「お
公爵は怒らず、静かな笑みを浮かべたが、王子には真顔より怖いものに見えた。
「次代の王の花嫁は、四大公爵家から迎えるのが、国のためでございましょう?」
「国のためだと言うなら、次代の王妃は、才色兼備なご令嬢を国内外から広く募集すべきだな」
王の言葉に、王子は目を白黒させたが、公爵は顔を赤黒くした。
「国王陛下……」
「そう興奮するな。卿もいい歳だ、体に障るぞ」
暗に『もう引退すれば?』と聞こえたのか(王子にはそう聞こえた)、公爵の全身が震えたが、一呼吸の後には、落ち着いたようだ。
(さすが大貴族)
王子は思わず感心したが、
「……昔から陛下は、
「なに、大したことは云ってないさ……」
それ以上に、この大貴族相手に一歩も引かず、むしろ
(見習わなければならないのか……僕が、これを)
王子は感動するより何も、『無理だー…』と気が遠くなる思いで、立ちつくしていた。
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