第11話 幼女アラサーはひと休みする
「あ、ありがとうございました!」
『礼はいらぬ。面白そうだから力を貸しただけだ』
面白いかな……まー寿命がないような存在からすれば、人間の守護精霊になるのは、退屈しのぎかもしれない。
「それでも…」
にこりと笑って頭を下げた。
「ありがとうございました」
これで破滅の可能性が……8割は減ったと踏んでいる!
何度礼を言っても足りない。
ひとときの余韻を残して、精霊たちは見えなくなった。
「帰ったの、かな?」
王子がひとりごとのように、ぽつりっと訊いた。
「話したりすることができなくなっただけで、まだそばにいらっしゃると思います」
「シャーロットの守護精霊は、いつもそばにいるの?」
驚いたように聞かれたが、答えはNOだ。つーか分からん。
「今は、私たちの会話を聞こえないようにしていただいているので、いるといいましたが、いつもではないと思います」
暇だからといって、毎日幼女にくっついていても、さすがに飽きるだろう。
「残念ながら、まだ私の方から精霊を感じることができません。呼びかけに、応じてもらえることがあるくらいです」
「そうか」
同じだね、と言って王子はとても嬉しそうに笑った。
いー笑顔だなー……と思いながら、私は意識が薄れていくのを感じた。
(そういえばここ数日、あまり寝てない……)
昼間は慣れないお嬢様業。
夜は書庫から持ち出した本を読んだり、メモを取ったり、精霊に呼び掛けたりしていた。
アラサー社畜感覚でいけば『まだまだまだぁー!こっからが本番よ』なんだけど、7つの幼女には厳しすぎた。
「シャーロット?え、シャーロット?!」
あわてふためく王子の声とは別に、『今日はここまでだな』という、笑いを含んだ声がどこかから聞こえた。
「皆様、
目を開けると、サリーがベッドサイドにぼうっと、たたずんでいた。
気のせいか、後ろめたいせいか、『とても』部分に強調が入っているように聞こえる。
「王子様をお招きしたお茶会で、突然お倒れになったお嬢様に」
『お』が多いな。
「王子様からは、先ほど2度目のご機嫌うかがいと花束が届いております」
2度目って……
「……サリー、私倒れてからどれくらいたっているの?」
「昨日の午後3時から、只今は午前10時です」
「まだ、1日もたってないじゃないの……」
それでなんで花束が2つも。
「昨日お帰りになった後に『本日はお会いできて幸いでした』と一度、今朝方は『気付かれましたか?』と、もう一度でございます」
「……ヒマなの? 第一王子って」
「お嬢様を、ご心配なさってではありませんか! 朝一番の露に濡れた、瑞々しく美しい白バラだったのですよ!」
いかん。思わず心の声がもれてた。
「そ、そうよね。おそれおおいわー」
サリーは、ため息をついたようだった。
「お医者さまからは、『ただただ、眠っておられる』と言う、お言葉をいただきました」
やっぱり睡眠不足かー。
これからは、少し気をつけないと。
(もっとも、一番の山場は越えたから!)
心の中でガッツポーズをしてると、何やら思い詰めた声が届く。
「私の責任です」
「は?」
「お嬢様が、最近、以前とは別人のように……」
ええええー
「書庫に行かれたり、物を書いたりして。時折、頭を抱えて、深く悩んでおられるのを知っていたのに、私は何もできませんでした」
あ、良かった。その程度で。
「そんな私を、ふがいなく思われても当然です。王子様とのお茶会にも、お側に侍ることを許されませんでしたし……お嬢様付きのメイドとして失格です」
ごめん! いくら会話が聞こえなくても、側にいたら絶対怪しまれるんで遠ざけましたとは言えないけど!
それに、『いきなりアラサーの記憶がよみがえって、奇行に走る7歳児のケア』なんて、メイドの職分じゃないから!
「この上は、潔く奥様にお暇乞いを……」
「ま、待って!!」
思わず、跳ね起きた。
「サリーが責任を取ること何もないのよ! 王子様との婚約で、少しナーヴァスになってただけだから!」
あ、『王子と婚約』って言っちゃっていいのかな? まぁ薄々知ってるよね!
「でも王子様と会って、話し合って、落ち着きました。だから今日からは、きちんと眠れると思うの」
どうしても二人きりでお話したかったの。ごめんなさい……と訴えながら、サリーの手を両手でつかむ。
「お、お嬢様」
「本当に心配かけて悪かったと思っています。もしゆるしてくれるなら、このまま私に仕えてくれませんか?」
まだ一緒に過ごして数日だけど、サリーはよく気がきくメイドさんだ。
主が幼女だからと侮ったり、子ども扱いもしない。
少し押しが弱いけど、シャーロットが暴君だったんで、そうならざるを得なかったんだろう。
(いきなり主がアラサーになったせいで、失業させるなんて展開はダメ。元社畜としても突然『解雇』なんて絶対にNG!)
「……はい。お嬢様、お仕えさせていただきます」
良かった。
サリーちょっと震えてるけど、感極まってるんだよね?
強引な勧誘に、怖がってたりしないよね…?
「あの……」
「うん、なに?」
「王子様にお返事なさらないと、おそらくまた花束が…」
「そっか! 目が覚めて元気ですって、お伝えして」
ウチの庭師に、よさげな花を選んでもらい、一緒に届けてもらおう。
「はい」
「あと、お腹すきました」
実はさっきから、キュルキュルお腹が鳴ってる。
2食…お茶会入れれば3食、食べてないのは成長期にきつい。
サリーは、はっとしたように、頭を下げた。
「すぐにお食事のご用意をいたします!」
「その前に」
「はい?」
「お茶を一杯ください。サリーの淹れるお茶が飲みたいです」
一拍間を置いて、サリーがとても素敵な笑顔になった。
(キレイだとは思ってたけど、こんなにかわいい娘だったのね……)
ずっと張りつめた顔ばかりさせていたんだなー、とかなり反省した。
「はい…! お嬢様、今すぐに」
私もできるだけ嬉しそうに笑ってみせた。
(その資格はあるはず!)
まだ『悪役令嬢』にならないと決まったわけじゃないけど、真っ暗な未来に1つ、穴を開けられた。
「お茶にしましょう!」
穴を大きく広げて、大人になってもお日様を拝むめにも、今は美味しいお茶を、かわいいメイドさんに淹れてもらうのだ。
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