第10話 幼女アラサーは契約する



『お前か王子のどちらかが、伴侶を見つけた時に、王と侯爵の契約は解消される、でよかろう』

「それは……」

『不服か?』

「いえ! ただ、今回は私のわがままで言い出したことなので……」

「僕はそれでいいよ、シャーロット」


 王子が口を開いた。


「僕に関する条件だけじゃ、確かにつり合わない。君にも権利があるべきだ」


 うーん、バランスの問題なのか。

 なら仕方ないか。

 まぁ、婚約者のいる王子に、色目を使う女はいくらでもいそうだけど……


(王子と婚約している女に、ちょっかい出してくる男がそういるとは思えないんですが)


 王子以外の選択肢が、できたらいいとは思う。

 シャーロットのためだけじゃなく、王子とヒロインのためにも。


「分かりました。殿下がそうおっしゃるなら、私に問題はありません」


 王子に軽く頭を下げ、傍らの精霊に頷くように言った。


「よろしくお願いします」

『うむ』


 次の瞬間、ぱあっと辺りに、光の粒が広がった。

 

「これは……!」


 光の中にいるのは、王子と私だけった。

 テーブルもティーセットごと、今まで座っていたイスすら消えている。

 王子も、ただ目を見開いて呆然としているようだった。


『名前を』

「は、はい。シャーロット・シメイ・ウイザーズです」


 一拍遅れて、王子が名乗る。


「エメラルド・フィアリーアだ」


 そういえば、ゲームの登場人物で、セカンドネームを名乗るのってシャーロットだけだった。

 セカンドネームの『シメイ』は母親の祖母、元王女様の名前だ。

 それが誇らしくて、名乗ってるって設定だったっけ。

 こっちきて読んだ歴史書によれば、王家の人間には最初からファーストネーム以外ない。


(王様には名前がなくて、『フィアリーア』が唯一の呼び名だった時代もあった)


 貴族は、セカンドだけでなく、サードネームも持っている人がいるはず。


『両名で契約を結ぶ』


 光の粒子が濃くなっていく。


『見届けるのは、■・・□◆・・・・』


 闇の精霊の、名前?らしき部分が聞きとれない。

 人間の耳には、伝わらない音なのかもしれない。


『どちらかが伴侶を選んだ時点で、現フィアリーア王と、現ウイザーズ侯爵が、互いの子を条件に結んだ契約は解消される』


(なんか熱い……)

 

 光の粒が帯になり、体の中を通って行くような気分だった。


『……効力は10年ののちからとする』


 闇の精霊の言葉が途切れた時から、光の幕が徐々に薄くなって行き、熱も収まった。

 ふと気付けば、周囲は見知ったウイザーズ侯邸の応接室で、テーブルもイスも元に戻っていた。


「ふう……」


 思わず息を吐いた。

 すぐに解放されたいような、このまま浸っていたいような、不思議な空間だった。


『シャーロット』

「はい!」

『契約のあかしを腕に』


 驚く間もなく、左腕が光り、手首辺りで銀色の細いブレスレットの形になった。

 よくよく見ると、繊細な文字が連なって円になっているようだ。


「キレイ…」


 はっとして王子を見ると、彼の左手首にも金色のブレスレットがあった。


『お前たちの一部分で作られている』


 王子が金色で、私が銀色。

 そっか、髪の色だ。

 納得して頷くと、ブレスレットはふっと消えた。


『以後、契約に触れぬ限り浮かび上がらぬ』


 思わず手首を撫ぜたが、何の感触もない。

 何気なく手を振ると、隣から笑いの波動のようなものを感じた。


こちら・・・の物ではない。触れぬよ』

「あ、はい」


 あわてて右手で左手をつかむようにして、ひざに置く。


『浮かび上がっても、お前たち以外の人間には見えぬ』

「わかりました」


 少しほっとする。

 キレイなリングだったから、身に着けるには抵抗ないが(むしろ見ていたい)、王子とお揃いのブレスレットなんて、あらゆる意味で遠慮したい。


『……ちょうど時間切れだな』


 言うが早いか、傍らにあった精霊の渦が消えていく。

 まだ30分もたってないと思うけど、力を使わせてしまったのは分かる。


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