第9話 幼女アラサーは思案する



 何事かあったのかと、色めき立つ護衛に、王子は手を振って『なんでもない』もしくは『来なくていい』の合図を送った。


「……あーもう、いいや」


 下を向いたまま、王子様がつぶやいた。


「……殿下?」

「君の精霊は、彼らには見えてないんだよね?」

「はい。私が許可した相手か、同じくらいの力を持っている方でないと見えません」

「わかった」


 王子は顔を上げ、両手を胸の前に広げた。


「僕の精霊もそうだよ」


 先ほどの自分のように、王子の手の中で光の粒子が集まり、丸くなっていく。


「君になら見えるだろう。僕の守護精霊だ」


 私が呼んだ精霊は、黒曜石みたいな黒い粒がキラキラしていたが、王子の精霊は、ルビーのような赤い粒がキラキラしている。


「キレイですね」


 思わずつぶやくと、王子に不思議そうなまなざしを向けられた。


「私の『闇』の精霊様もキレイですが、王子の『火』の精霊様もとてもキレイです。精霊様方は、こんなに美しい存在なのですね」


 ゲームで見た時は、人型が多かったせいか、美しいがどちらかといえばおそれ多い存在だった。


(ヒロインの光の精霊も、王様の火の精霊も神様みたいだった。闇の精霊は出て来なかったけど)


 ゲームで、シャーロットが召喚したのは、闇の『精霊』ではなく『魔獣』だった。

 闇の精霊に頼む、というか命令しているシーンはあったけど、精霊の姿は出て来なかった。


「……喜んでる」

「え?」

「君にキレイだと言われて『光栄』だって」

「まぁ」


 己の守護精霊の時もそうだったが、この世界の代表のような『精霊』と心を通わせられるのは、素直に嬉しい。

 永遠に中二の心を持つ、リアルジャパニーズにはなおさらだ。


「私の方こそ光栄です。精霊様」


 胸に手を当てて、火の精霊に向かって頭を下げると、ぼそりとした王子の声が降りてきた。


「……僕には、そんなこと言ってくれたことないのにね」


 少しぶっきらぼうな口調に、思わず笑ってしまった。


「申し訳ございません」

「君があやまることじゃない」


 やっぱり王子様は、かわいいし、『かわいい』としか思えない。

 将来的には、あのゲームで見た、キラキラ美青年になるんだろうけど、それを加味しても今の段階で『恋の予感』はまるでない。


悪役令嬢シャーロットの恋は、高い確率で破滅につながるものだ)


 夢中で『王子ルート』をプレイしていた高校生の時とも、今は好みが違ってる。

 中身アラサーでしみじみ良かった!

 

『……シャーロット』

「はい!」


 不意に己の精霊に呼びかけられ、背筋がピンっと伸びる。


『話は聞いていた。結論を先に言うぞ。お前と、そこにいる王子との契約は可能だ』

「本当ですか……!いえ、疑うわけではないのですが」

『我々にもおきてがある。王とお前の父との契約が、どういうものか知っているが、明かせない』

「はい」

『その上で言っている』

「わかりました。少々お待ちください」


 こちらをじっと見ている王子に告げる。


「殿下、契約は可能だということです」

「そうか……僕の精霊も、君の精霊が可能というなら可能だろうと言っている」


 何か引っかかる言い方だと思ったが、こだわるほどではないだろう。


「では」

「ちょっと待って、条件はどうするの?」

「条件ですか? 16歳になったら、私たちの婚約に関する契約が、自然に解消されるでは……」

『少し弱い』

「ダメみたいですね」


 そうか、遠距離恋愛えんれんじゃあるまいし、王子と侯爵令嬢に自然解消は難しいか。

 うーん。なるべく説得力のある、最低限のディテールというと…


「16歳になって……学園入学以後、殿下にふさわしいお方が現れた場合には、私との婚約が解消される、ではどうでしょうか?」

「……それは、公爵家に令嬢が生まれたらってこと?」


 尋ねる王子の表情は、少し暗い。


「公爵家以外でも、学園でなら同年代のお嬢様方が、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?」


 基本、侯爵家以上が条件ではあるが……シャーロット以外にも候補になった令嬢が、何人かいたはずだ(お姉様情報)。


(どうせヒロインが現れるまでだと思うけど、他の令嬢とくっついても問題ないし!)


「あと、まれに他国の王女様も、いらっしゃると聞いております」


 王子の目に輝きが戻った。


(そんなに公爵家が嫌なのか…)


 公爵家と王家とは、相当面倒くさいことになっていたのだろう。

 気の毒に……等と、無責任に思っていた私の耳に、ようやく聞きなれてきたイケメンボイスが入る。


『……まだ弱いな』

「ま、まだですか?」


 顔を上げると、王子が手の中の精霊にちらっと視線をやり、うなずいた。

 闇の精霊の言葉を、火の精霊から聞いているようだ。


「どうすれば……」

『お前の方の条件がない』

「は?」

『王子が他の女を選ぶことを条件にするなら、お前が他の男を選んだ時も同様にする』


 はぁぁ?!


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