第3話 幼女アラサーは決意する

 


 医者の許可が出るまではベッドで、その後は屋敷の書庫にこもって、基礎知識を仕入れながら、ずっと考えていた。

 どうすれば、破滅関連のイベントから逃れられるかを。


(文字の勉強にもなりました!知ってる単語つなぎながら、取りあえず読めるようになった。書けないけど!)


 結果、やっぱり『王子様の婚約者』という肩書が一番ネックだと思った。

 それさえなければ、シャーロットはただの侯爵令嬢だ。

 ヒロインに『婚約者を取られて復讐する権利』もなくなる。


 ただ、それでも、『権力を笠に、ヒロインをいじめる』ことはできてしまうのだが…。


(ヒロインが平民っていうの、よくよく考えればエグいわ)


 貴族の中でも階級がある。

 世継ぎの王子の花嫁になれるのは、大体が王家の外戚たる公爵家。

 公爵家にふさわしい姫がいない時に限って、侯爵家が認められる。


 国の歴史を記した本にあった、王家の家系図で見ても、花嫁はこの二つの階級までだった。

 例外は国外から輿入れのみ。その場合は全部王女だ。


(この厳しい身分社会で、平民女性と王子が親しくしていたら、そりゃ攻撃される)


 順当に考えれば、ヒロインは公爵家のどれかに養女に入って、それから婚約、結婚だろう。

 ただ、王妃教育どころか、貴族令嬢としての教育を、ヒロインはまるで受けてないはず。


(それって、大丈夫なもんなの……?)


 シャーロットを一週間やっただけでも分かる。

 貴族令嬢は、それなりの努力をしている。

 立ち居振る舞いやマナーは常にチェックされていて、好きでなくても勉強の時間はきちんと取ってある。


(『シンデレラストーリー』って簡単に言うけど、シンデレラだってもともとはお嬢様なんだよね)


 もろもろをすっ飛ばすほどの威力が、『光の聖女』という肩書にはあるんだろうけど……


 ラストシーン、輝く衣装を身にまとった、ヒロインと王子のスチールには、『Happy Ending』の文字が華麗な流線型で描かれていた。

 ゲームには、悪役令嬢の末路は保証されても、王子と『光の聖女』が結ばれた後の具体的なビジョンなんて、出てはこなかった。





 ……そして、もっと資料のない、幼女編。

 7歳のシャーロットは、同い年の王子と優雅にお茶しています。

 自分を蹴落とす他人ヒロインの、心配をしてる場合ではありません。確実に。

 

 当たり障りのない会話が途切れ、王子が静かにお茶を飲む。

 ティーカップをお皿に戻すタイミングを見計らい、今よ!と覚悟を決めた。


「殿下、今日はお願いしたいことがありますの」


 唐突な願いに慌てることなく、王子様はニッコリ笑った。


「何ですか? シャーロット嬢」


 もしかしたら、シャーロットは前から色んな『お願い』をしてたのかな?

 そんな気になるほど、王子は自然体だ。


(あーまたシャーロットのワガママだよ――って感じ?)


 期待を裏切らない悪役令嬢路線だが、構ってはいられない。

 この願いが叶うなら、これが王子様への、最後の『お願い』になるのだから。


「お父様から、私が殿下の婚約者となることが『ないてい』したことをうかがいました」


 そうなのだ。シャーロットは頭を打つ前に聞いていたのだ。

 正式な発表は、三か月後の秋の建国祭になると。

 嬉しくて調子にのって庭を飛び跳ねて、転んで頭を打ったのだ。

 虫は飛んでたかもしれないけど、あまり関係なかった。

 

「そうですね。そのお話もあって、先日お伺いする予定でした」


 全然動じてないし、内心ものぞかせない。

 微笑みを浮かべているものの、嬉しそうでも悲しそうでもない…ってことは、不満があるんだろうな。

 国の慶事だし、嬉しいなら、シャーロットしかいないここで、感情を隠す必要ないもん。

 相手が『ワガママシャーロット』だもんな。

 まだ7歳だというのにお見事だ。


 喜ばれてないならお互いの為だよね……と、少し軽くなった気分で、でもおそるおそる言ってみた。


「あの、このご婚約……その、なかったことにしませんか?」


 さすがに、王子様の表情が変わった。

 つくろってない初めての顔だった。

 年相応に驚いた顔は、年相応にかわいかったです。


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