第2話 幼女アラサーは必死に考える



 とにかく、情報を整理しよう。


 日記帳みたいな白紙の多い本があったので、覚えていることをペンで書き込んでいく……日本語で。

 こっちの文字も、アルファベットみたいなものくらいは覚えてるけど、シャーロット勉強ろくにしてないみたいで、文章なんて書けないもんね。

 もう言葉が分かるだけでも、有難いわ、シャーロット! 

(やけじゃない、やけじゃ……)


 乙女ゲーム「天空の精霊王国フィアリーア」は、主人公である『光の乙女』キャロル・グレーテルが16歳で魔法学校に入学するところから始まる。

 キャロルはそこで、王子を始めとする攻略対象の男性と出会うのだ。

 たしか攻略対象は…


 第1王子の『エメラルド・フィアリーア』

 宰相の息子の『シリウス・クレイフォード』

 騎士を目指す『ジャック・ランドウッド』


 あと5、6人いたはずだけど、よく覚えてない。

 仕方ないよなぁ。

 プレイしてたの高校生の時で、今アラサーだもん……ちょうどヒロインが同い年で盛り上がって、友達とSNSやりながら、キャピキャピした夢を見てたっけ。

 あ、涙が。


 全員攻略する子もいたけど、自分は気に入ったルートを何度もやってたから、他のキャラをろくに覚えてないのよねぇ。

 教師もいた気がするし、精霊とかもいたはず。

 やたらとキラキラしい外見で、髪の色が全員違っていたのは覚えてる。


 そして、これが肝心。

 どのルートでも、悪役令嬢『シャーロット』は破滅する。

 今にして思えば「なんで?」って言いたくなるくらい。


 王子ルートはもちろん、ヒロインにフィアンセの座を奪われ、国外退去。

 宰相の息子ルートは、ヒロインに対する嫌がらせを、法的に追求されて投獄。

 騎士志望ルートは、ヒロインに魔獣を仕掛けて返り討ち。


 攻略サイト見たんで知ってるけど、他のルートでも、王子のフィアンセとして無事終わるルートはなかった。


 良くて、『国外退去で、その後は不明』とか、『修道院で一生を終える』。

 悪いと、『魔獣に引き裂かれる』、『暗黒の世界に引きずり込まれる』……って、本人になって分かる、扱いの酷さだ。


 プレイヤーだった時は、「悪役だしねー」くらいしか思ってなかった。

 シャーロットは、性格も頭も悪かった。

(ルックスは最高でした。黒いドレスが似合っちゃう的な意味だけど!)


 嫌がらせが幼稚なのは、ゲームを分かりやすくするためなんで仕方ないけど。

 ヒロインの引き立て役だったから、やることなすこと全部マイナスになるんだよね。


 分かるよ。

 ヒロイン盛り上げるゲームだもん。

 自分がヒロインならそれが楽しかった訳だし!

 でも今は自分が、ウイザーズ侯爵の次女『シャーロット』。

 ヒロインでなく、悪役令嬢の方なんだよね!!

 ほんと泣ける。


 いや泣いてばかりはいられない!

 破滅を回避しなければ。幸いまだ7歳。魔法学校入学まで10年近くある。

 この世界が本当にゲームと同じかは分からないけど、

(ちなみに国名はサリーに確認しました!同じでしたよ(涙)フィアリーア!)

 コツコツとフラグを折って行けば、


『国外追放になったけど、隣国でそれなりに楽しくやっている』


 くらいにはできるはず。

 せっかく生まれ変われたんだし。

 いや、痛い夢を見てる可能性もまだ0じゃないけど!


 まぁもう一週間、この世界ですけどね(涙)!





「シャーロット様、エメラルド殿下がお見えです」


 ドアをノックしたサリーが、うやうやしく告げる。


「わかりました。殿下をお通ししたら、サリーは下がってよろしくてよ」


 テーブルの上のお茶は、すでにセッティング済み。

 サリーは何か言いたそうにこちらを見ていたが、お嬢様の命令は(ほぼ)絶対だ。

 どうせドアの前には、王子の護衛が二人立つことになっている。

 7歳の幼女に何ができるというのだといいたいが、当然だよね。王子様だもんね。


 サリーが下がり、その後ろから現れたのは、同い年のエメラルド王子(攻略対象)だ。

 金髪緑眼、整った顔に優しい微笑みを浮かべた、非の打ちどころのない王子様だ!


 おー思い出した!この微笑みロイヤルスマイル

 16歳の時も浮かべてたけど、こんな子供の時から浮かべてたのか!

 さすがにお姉さんアラサーとしては、うさんくさいものを感じてしまうぞ!


「シャーロット嬢、お怪我をされたと伺いましたが……」


 気遣わしそうにこちらを見る、きらきらのエメラルドアイズ。

 お嬢様方イチコロだろうなー。


「お気づかいいただき、きょうしゅくです。もうなんでもありませんのよ」


 額にはまだ掠り傷が残っているが、その辺りは前髪でキレイに隠せていた。有能なメイドサリーが。


 両手でスカートの裾をちょこっとつまみ、軽くスカートを持ち上げて礼を取る。

 覚えたてのカーテシーだ。

 少しツラいんですぐ戻す。

 散歩もろくにしとらんからな、この体。足の筋肉もおいおい鍛えないと。

 

 椅子をすすめ、自分は小ぶりのティーポットをかかげ、お茶を注ぐ。

 なんとか及第点だと思うが、優雅にするには、腕の筋肉も足りてない。

 これはまぁ子供だから仕方ないか。


 驚いたことに、この世界はお嬢様でもお茶を淹れる。

 相手が目上の時だけみたいだけど。

 シャーロットの体も、手順をきちんと覚えていた。


(王子に淹れるために、結構特訓したみたいだなぁ……シャーロット)


 なのに、ゲームでは、シャーロットがお茶入れてるシーンなんてなかった。

 既に冷めていた関係だったから、王子とのお茶会すらなかったのかと思うと、切ない。


 席に着き、まず自分が飲む。

 味見、というか毒見ですね。

 同じポットで入れたお茶を先に飲むことで、害意がないことを表している。


 こっちもまぁまぁ及第点。

 茶葉を入れ、ちょうど王子が着くのを見計らったタイミングでお湯を入れたのは、サリーだから当たり前か。


 王子も優雅な仕草でお茶を飲んだ。

 完璧すぎて、一枚の絵ですね。


 穏やかな午後、金髪の王子様とお気に入りの茶器で、薔薇色のお茶を飲む。


 なんて素敵なひととき…といいたいが、メインイベントはこれからだ。

 ここで、第一にして最大のフラグを折るのだ。

 生き残る為に!





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