悪役令嬢はざまぁを夢見る

チョコころね

第1話 アラサーは幼女として目が覚めた



なんか体がだるかった。


だけど、頭痛ない、腹痛ない、胃が痛くない、肩が重くない、首が普通に回る……体のどこもおかしくない日なんて、この仕事始めてから2年、ほとんどなかった。

だから、ほっといた。

どうせ医者からもらった薬も効かない……。



終電に間に合って、ほっとした電車の中。

ジジ……ジジ……って虫の羽音みたいなのが聞こえてきた。


『電車の中に虫って、勘弁してほしい』


げっそりと思ったその時


……ガ、ガンガンガンーーーッ!って感じで、いつもとまったく違う頭痛が来た。



思い出したのは、まだ学生の時、戸棚の上から箱が落ちてきた時の痛み。

その時は、中身は空だったし、箱自体もそんなに大きなものじゃなかった。

でも目がチカチカするような衝撃だったし、頭がジンジン痛かった。


あ、もしかしてコレだめなやつ?

って思った時から記憶がない……やばぁ




……


………




「あ、お目が開きそうですよ」

「××ット、大丈夫?」

「×ーロット、しっかりしてー」


 ××ット? 誰? 外国の人? そんなんうちのオフィスにおらんかった気が……いたら英語の電話、全部回せたし…


「お嬢様、気が付かれましたか?」


 柔らかい、女性の声に惹かれる様に目を開けたら、映ったのは心配そうにのぞき込んでる顔。

 見たことのない、色彩の顔。


「……だ」


 誰?と告げようとした声に、いくつもの声がかぶさった。


「大丈夫だったのね、シャーロット!」

「良かったわ~」

「皆様、お静かに。お嬢様はお怪我をなさっているのですよ」


 怪我と言われれば、なるほど頭が痛い。

 倒れる前から頭が痛かったけど、それとは種類が違う気がする。

 手を伸ばそうとすると、優しく止められた。


「お嬢様、もう少しの間ご安静に。すぐに医者が来ます」


 ようやく目が見えるようになったけど……うん、分かりません。

 紺色のブラウスと白いエプロン、そして明るい色の頭髪にはフリルのヘッドドレス。映画や漫画で観たことはある。いわゆる『メイドさん』スタイルだ。


 分からないのは、なぜリアルジャパニーズの自分が、欧米系のメイドさんに世話を焼かれているのか。


「シャーロット?分かる?あなたはお庭で転んだのよ」

「急に駆け出すから…」


 のぞきこんでくる二人は、20~30代くらいの金髪茶眼と10歳前後くらいの茶髪茶眼。

 キレイに巻かれた髪型といい、顔立ちといい、整いすぎて、お人形さんのようだ。


「…おかあさま?」


 反射的に口が動いた。金髪の方がにっこりほほ笑んだ。


「大丈夫よ、シャーロット。すぐによくなりますからね」

「王子様のことは残念だったけど」


 王子さま…?


「これ!アマレット。大丈夫、また遊びに来ていただけますよ」

「そうよ、お見舞いに来るかもしれないわ」


『アマレット』お姉さまと、王子……なんか不吉な組み合わせだ。


「だって、シャーロットはエメラルド王子の婚約者ですもの」


 思い出した! 『シャーロット』と『アマレット』と『エメラルド王子』。

 昔プレイしたことのある、乙女ゲームの登場人物だ。

 エメラルド王子は攻略対象だが、ヒロインは『シャーロット』じゃない。

 シャーロットは……


「正式な手続きはまだですよ、アマレット」

「もう確定しているようなものではありませんか。年回りが合う令嬢の中で、シャーロットと張り合える家柄はいませんもの。惜しいわ、私がもう少し年下なら…」


 はい!思い出しました。

 シャーロット・シメイ・ウイザーズはエメラルド王子の婚約者です。

 後でヒロインにその座を奪われ、国外追放になる侯爵令嬢です!

 うわ、なにこれ、なにここ。

 変な夢見てるの?!


 私の頭が混乱している内に、医者がやってきて、脈やら頭やら触って行った。


「まだ少し興奮していらっしゃるようです。しばらく安静にさせてください」


 そう言い残したので、『お母様』と『お姉様』は部屋を出て行った。


 残されたのはメイドの、あー名前が分からん。ライバル令嬢のメイドの名前なんて、ゲームに出て来なかった気がする。

 ヒロインのメイドの名前はあったのよね。

 ヒロインがメイドにも優しくする、心優しい女の子の設定として。

 つまりライバル令嬢には、そんな優しさはいらない訳だ。

 それにしても、母親と姉は覚えてるんだから、お付きのメイドの名前も出て来ないのかしら、この体。


「あの…」


 思い切って声をあげると、彼女はすぐに反応した。


「何か御用ですか、お嬢様」

「あー…少し起きていい…かしら?」


 彼女は困ったように、眉を寄せた。


「頭を動かさないようにと、お医者様から伺っております。申し訳ございませんが…」

「じゃ、じゃあ、鏡!そうだ、鏡を見せてくれる?」

「…かしこまりました」


 メイドさんの両手でかざされた鏡に映っていたのは、青に近い銀髪、スミレ色の目。とてもキレイだけど、少し吊り上り気味の目元。


 間違いない、乙女ゲーム「天空の精霊王国フィアリーア」の悪役令嬢『シャーロット』だ。


 ただし、幼い。幼すぎる!

 ゲームの時は16歳だったけど、今の姿はまるで6、7歳。ほぼほぼ幼女だ。


「お嬢様、大丈夫です。傷は残らないと、ランドルフ医師もおっしゃってました」


 驚愕の表情をしていただろう自分に、心配そうな声が届いた。

 額の端、右目の上に、白いガーゼのようなものが貼りついていることにようやく気付く。

 走ってコケたって云ってたよね。

『シャーロット』がどんくさいって設定あったっけ?


「そうね、傷が残らなくて嬉しいわ…」


 あれ、リアクション返ってこない。言葉づかい変かな。

 こんなことなら、ネットでやってた『お嬢様講座』、爆笑ネタにするだけじゃなく観れば良かった!


「あの、お怪我の原因ですが…」

「…にっ、お庭で転んだのよね? 今度から気をつけるわ」

「それだけ…ですか?」


 それだけじゃないの? 勘弁して、こっちはいきなりゲームの世界に放り込まれたのよ。しかも『幼女編』なんて予備知識まるでないわ!


「あの、庭師たちが、お咎めを…」

「え、どうして? もしかして…誰か石でも置いておいたの?」


 確かに憎まれ役だったけど、もう?

 このいたいけな時代から、足元に石を置かれるほど!? …などと思ったわけだけど、どうやら違ったらしい。


「とんでもありません! 皆様が通られる道には、枯葉一枚、花びら一枚落ちてないよう気をつけています!」


 そこまでしないでも…むしろ花びらだったらキレイだろうに、と思うのは庶民だからだろうか。


「ただ、その…虫が飛んできて、それに気を取られて転ばれたのではないかと…」


 虫、あぁ虫ね。こんな小さい体だもん。それはあるかもね。


「お庭に虫がいるのは当然です。それに気を取られていたなら、やはり私のせいです。庭師が気にすることじゃないわ」


 メイドが黙った。何ともいえない顔でこちらを見ている。

 いくら乙女ゲーの世界でも虫くらいいるだろうと思ったけど、これも珍しいことなの? まさかこれが嫌がらせ?!


「…お、お嬢様。虫が平気におなりですか…?」


 なんだろう、このおどおどした質問は。

 察するに、この体の主(今は私なんだけど)は、虫がキライで、そのためにメイドさんやら庭師さんやらに当たり散らしていたのかしら。

 16歳シャーロットは、周囲の人間を見下す典型的な悪役令嬢だったから、ありそうだな。


「べつに、虫が好きになったわけではありません。ただ庭に出る時は、しかたないと思うことにしました」


 あまりへりくだっても変だし、つんとした口調で告げて、文句があるかという風ににらんだ。


「あ、有難うございます!庭師たちにもそう伝えてよろしいでしょうか?」

「も、もちろんよ」


 いいよね、今は自分がシャーロットだし。しかしいつまで…



 メイドの名前はサリーでした。

 すでに『わがまま姫』で通ってそうだし、今更『お付きのメイドの名前も覚えてない』、なんてかわいいものだ。ストレートに聞いた。


「あ、あなたお名前は? き、昨日までは覚えていたのよ(多分)。頭を打ったせいで、出て来ないだけよ!?」


 サリーは、ぽかん…という顔をして、「……サリーと申します」と教えてくれた。

 覚えやすい名前でよかった。





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