悪意を斬って金貨にする聖女

一陽吉

シスター&ゴールド

「ぐわわわー!」


 仲間の叫び声を聞いて、男たちは一斉に振り向いた。


 辺りはすっかり暗くなり、街道から少し離れた林の中にある広場で焚火をしながら晩飯の支度をしていたのだが、その灯りに照らされて一人の女が現れた。


「こんばんわー」


 元気に挨拶をする女。


 年は十八くらいで、金髪をショートポニーにしていた。


 修道服と思われる黒のワンピースを着ているが、そのスレンダーな体つきが分かるほどタイトなもので、時代を先取りした感じがあった。


 そして、中指ほどの大きさをした、祈りを込める女神像を首からかけていることから、聖女で間違いないと思うが、違和感は彼女の両手にあった。


 細く白い手には無骨で飾り気のないナイフが握られてあり、刃には焚火の炎がうつっていた。


「てめえ、何の用だ!」


 男たちのボスである中年の大男は、自身の武器であるバトルアックスを手にしながら言った。


 手下の男二人もそれにならうように各々、武器を手にし臨戦態勢に入る。


「私は通りすがりのナイフが好きな聖女でございます。ただ、悪意を感じましたので立ち寄らせていただきました」


「なに?」


「そちらの荷馬車、旅の商人というかたちになっていますが、実際のところは盗賊として他者から奪った物を載せていますね? 罪気ざいきを感じます」


「へ! 何を証拠に」


「証拠の提示は必要ありません。私が判断し、行動すれば良いのですから」


「行動だと?」


「さきほどのお仲間同様、らせていだきます」


 にこやかに答えながら、聖女はナイフをかまえた。


「そうかい。やれるもんならやってみな!」


「おらー!」


 ボスの声と同時に、槍を持った手下の若い男が突きかかった。


 だがその攻撃は聖女の持つ左ナイフにさばかれ、右ナイフが若い男の首を斬りつけた。


「ぐああー!」


 声をあげ、後ろに倒れる男。


 血しぶきの舞う場面だが、それはなく、代わりに金貨が空中に舞った。


 刻印のないその金貨は吸い込まれるようにして、聖女の左腰にある布袋ぬのぶくろにおさめられていった。


 そして、斬られたはずの首に傷はなく、若い男は気を失っていた。


「てめえ、何をした?」


 血の代わりに金貨が現れたことに、ボスは目を疑って言った。


「悪意を斬り、金貨に替えさせていただきました。金貨と言っても通貨ではなく、扱いやすい形にしたきんですね。私たちの教団は設立してから日が浅いんで、とにかく資金が必要なんですよ。あ、死にはしませんから安心して斬られてください」


 聖女はあらためて微笑んだ。


「冗談じゃねえ。好きで斬られるやつがいるかよ。おい」


「少しはできるようだな」


 促されて長身の男が剣を抜いて構えた。


 その様子から訓練を受けたものと分かる。


「あなた、技術はありそうですね。それでは力づくでいきます!」


 そう言うと聖女は両手を右上に構え、一気に振り下ろした。


 すると、ナイフから金色の光が伸びて長身の男に斬りかかった。


「くっ、魔法剣か!」


 ニ十歩の距離を無視した思わぬ攻撃に、剣で受け止める長身の男。


 二本の光は見た目に反して重く、それは収まる気配がなかった。


「それじゃ、そのままにしてください」


「なに?」


 光の斬撃を残して、聖女は駆け寄ると、あらためて右のナイフから金色の光剣を出し、無防備になった胴を斬り払った。


「ぐ、ぐわああー!」


 それによって脱力した瞬間、受け止めていた二本の光は長身の男を通過。


 飛び散る血を表して金貨が舞い、それは聖女の布袋へと吸い込まれていった。


 けっこうな量で入っているはずだが、布袋は教会の金庫につながっているため、ふくらむことなかった。


 そして、合計三本の光刃を受けた長身の男は意識を刈られ、右へ倒れた。


「残りはあなただけですよ」


 向き直り聖女はボスに微笑んだ。


「とんでもねえ女だな。素っ裸にして遊ぶだけで勘弁してやろうとも考えていたが、容赦しねえ。覚悟しな!」


 言い終えるより早く、ボスは右足を振って焚き木を蹴りつけ、聖女に浴びせた。


「う……」


 思わず顔を背ける聖女。


 そこへボスは横へ一直線、柄の長いバトルアックスを振った。


 重量感たっぷりで直撃すれば命は吹き飛び肉塊に変わる。


「!」


 瞬間、聖女は金に輝くナイフを十字にして受け流しつつ、身体からだをのけ反らせて跳んで空中を一回転。


 ほぼ無傷の状態で着地した。


「なん、だと?」


 驚くボスにかまわず聖女は跳びこみ、二つの光刃で斬りかかった。


 ボスはバトルアックスを縦に持って防御体勢をとるが、それで精一杯。


 回転する聖女の攻撃を防ぐことができずに斬りつけられ、空中に金貨が舞っていく。


「これで最後です」


 ボスのまわりを一周する攻撃のとどめに、聖女は両手を広げるようにして金色の光剣を振った。


 ばあっと金貨が弾け飛び、それは一つの列を作って聖女の布袋へとおさまっていった。


「い、いいもん持ってるじゃねえか……、女」


 そう呟くにように言うとボスは仰向けに倒れ、気を失った。


「?」


 叫び声ではなかったことから不思議に思う聖女。


「あら」


 空気を感じて見ると、服が裂け、胸元が出ていた。


 ナイフを左右の腰にある鞘に納め、左手をあてると、裂けた部分は閉じて元どおりになった。


「さて、お勤めは終わりです。明日には兵隊さんがあなたたちを捕えに来るでしょう。それまで、結界を張って保護しておきますから、そのままでいてくださいね」


 そう言って聖女は右腰の布袋から親指の爪ほどの大きさをした丸い水晶を投げると半球形の透明な結界が発生し、人や獣、魔物などを寄せつけなくした。


「それじゃ、もう悪いことしちゃダメですよ」


 聖女は光に包まれ、光線となって夜空を飛んでいった。


 それはまるで宇宙に新しい星が生まれたのを示すようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪意を斬って金貨にする聖女 一陽吉 @ninomae_youkich

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ