貴方とどこまでも

「甘いんじゃボケぇっ!」


 最後のコーナー、ケセラちゃんが頭をガードレールに擦りつけながら走り抜けて行く。インコーナーを狙ってぶつかりそうなくらいにピッタリと後ろにつけて走っていた私のほっぺにケセラちゃんの黒い汗が飛び散る。


「ゴォールっ!」勝負の審判ジャッジをしてくれてた蓮浦ちゃんの声が無情に響く。


「ぶはっ、まだ負げだ! ぐやじぃーっ」と膝をついてアスファルトを叩く私。

「いやいや、実際自分4st50ccウチ2st50ccに喰いついとんのやさかい大したもんやで」

「だって私マスターのおかげでほんの少しだけ大人の階段昇っボアアップしちゃったんだモーン」

「ほんまや! いつの間にか黄色ナンバーやんか自分(せやかてツースト二倍算っちゅー言葉があんねんけどな……。認めとーはないけど影布こいつのマスターのライテクは計り知れんでしかし)」


 最近のマスターは週末になると麗子さんと秀吉さんと一緒にツーリング(ローリング?)に行っています。


 私の足元もスニーカーからレーシングブーツになり、マフラーも交換してもらって、そしてなんとなんと、今の私の排気量は80cc!

 マスターもどっぷりと沼にハマってます。


「じゃあそろそろ帰ろっか?」背伸び的なストレッチをしながら麗子さんがそう言って、私たちもぼちぼち帰宅ムード。ちょうどその時……。


「あーっ! マリンちゃんストップすとっぷ!」通りすがりのスクーターが私たちの目の前で急に止まりました。……って?

「影布ちゃん! 蓮浦ちゃん! 久しぶり!」

「「あーっ! 美能ちゃん⁉︎」」なんと偶然通りかかったのは美能ちゃん。私と蓮浦ちゃんの驚きの声がハモります。

「久しぶり〜!」美能ちゃんのところに駆け寄る私たち。

「なんや? 自分ら知り合いか?」ガードレールに腰掛けてポケットに両手を突っ込んだままの姿勢でケセラちゃんがぶっきらぼうに言います。

「私たち同じドクターハウスの出身なんだよー!」

「ほーん、さよか」と言い放つケセラちゃんは少し寂しそうで。

 そっか。ケセラちゃん秀吉さんと一緒にウエストワールドから引っ越して来たんだもんね。私たち以外のモト娘友達はみんな向こうなんだよね。

「美能ちゃん、この娘はKSRケセラちゃん! なんとあのK社のモト娘なんだよ〜」

「〝あの〟ってなんやねん!」

「初めまして〜、美能です! 私は楽器も作ってるY社の生まれなんですょ! K重工って宇宙船や新幹線や船も造ってる〝あの〟K重工ですよねっ!」

「せやせや〝その〟K重工や! なんや自分よーわかっとるやんか!」

 ケセラちゃんすっごいいい笑顔。美能ちゃんに完全手玉に取られてるよ。ちょっとケセラちゃんがかわいそうになってきたょ。


「それにしてもすっごい荷物だね。どこまで行ってたの?」

「昨日から泊まりがけでロングフィールドシティまでキャンプに行ってたんだよー」

「な、ロングフィールドシティー⁉︎ そんな遠くまで行ってたの?」


 かわいいかわいい私たちは世間からミニモト娘と呼ばれることもあり、それはもうバイクに興味のある人も無い人もみーんな私たちを相方に選んでくれるのです。

 だけどもやっぱり私たちはミニモト娘。まるで大海を知らない鉄板の上のたい焼きの様に、私たちと一緒にシティ圏外まで行ってくれるようなマスターはそうはいないのです。


 マスターのモト娘との接し方はそれこそ人それぞれ。人の数だけモト娘の数だけ色んな付き合い方があります。

 少しづつおしゃれカスタムさせてもらえたり、毎週末のデートも楽しいし嬉しいけど、毎日何処に行くにもどんなに遠くでも一緒って、やっぱりちょっと羨ましいかな……。

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