不良かもしれないが、不良品ではない

 別に、鑑別所や少年院から脱走するわけではないけれど、この鉄柵を超えれば、苛立ちや、しがらみから解放される気はしていた。

 校門をよじ登り、学校から抜け出すと、勢いよく駆け出した。

 あの野郎、頭にくる。人のことをポンコツなんて、言いやがって……

『お前みたいなポンコツ、ろくな人間にならないぞ』

 その言葉で頭にきて、数学教師を相手に散々暴れた後、教室を飛び出した。

 二度と戻る気もないし、戻れる気もしない。だから、振り返ることもない。

 そもそも俺、何でここに来たのだろう。ただ、川の流れに身を任せていたら、たどり着いた吹き溜まりみたいな場所。だから、何も心残りはない。

 高校生にとって、平日の昼に街を徘徊するのは危険だ。警察に補導されれば、また学校へ連れ戻されるだけ。だから、インターネットカフェで身を隠す。長居するほどの金もないから、ここにいられるのも、夕暮れまで。

 気分の悪い一日だけど、暗い個室から外に出ると、茜色に染まった空だけは、綺麗に思えた。夕焼けの時間は短くて、ぼやぼやと過ごしていれば、あっという間に暮れてしまう。

 きっと、担任が今日のことを親に報告しているだろうから、家に帰ってあれこれ言われるのも、面倒くさい。明け方近くまで友達と遊んで帰ることなんて、いつものことだから、一晩くらいは心配もされないだろう。

 一人で過ごすのは退屈だが、スマホがあれば時間も潰せる。公園のベンチに座っていると、身なりの汚らしい、いわゆるホームレスだと思われる男性が寄って来た。

「おおぃ、兄ちゃん、煙草一本くれないかい」

 鬱陶しいしいなぁと思うけど、変なあしらい方をすれば、何をされるのか分からないのが怖いから、邪険に扱わず、きちんと諦めさせる。

「無いよ。俺、高校生。未成年」

「なぁにが未成年だよ、兄ちゃん見るからに不良だろ。それに、ほれ」

 その男が俺の足元を指差すと、人気にない場所なのをいいことに、数分前に吸っていた煙草の吸殻が、二本ほど落ちている。

「ほれ、早く」

 一本やれば、満足して離れるだろう。そう思って差し出すと、男はケースごと奪い取り、ライターもよこせと言ってきた。

「何するんだよ、返せよ!」

「あほんだら、高校生なら、こんなの持ってちゃだめだろ、ほれ、早くライター」

 図々しい奴だなと思うが、このおっさんの言う通り、こんなものを持っていて、補導された時に見つかると厄介だから、くれてやってもいいやと思い、ライターも差し出す。

「何でもいいけど、不良とか、人のこと見た目で判断するの、やめろよな」

「なぁにが、馬鹿々々しい。そっちだって、汚ねえやつが近寄ってきたと思ったろ」

 確かに、俺はこの人を目だけでホームレスと判断したが、それは定かなことではない。

「見てくれを言われて腹立てているのは、そんなこと自分が一番分かっているからだろ」

 おっさんの言う通りだ。今の自分が、これでいいなんて思っていないから、間違いを見抜かれると、腹が立つ。だけど、その間違いを直せといわれれば、そんな方法は分からないから、また更に腹が立つのだ。

「不良ごときで、ガタガタ言うな。こっちは長い間、不良品やっているんだから。それよりはマシだろ」

 気がついたことがある。それは、あの教師が俺に軽蔑の眼差しを向けて、ポンコツと言ったように、俺も、おっさんのことを同じような目で見ていたかもしれない。

 けれどこの人は、俺のことを避けようとはせずに、図々しいほど寄ってくる。それは物欲しさかもしれないが、きっと俺なら、自分が厄介者にされるのが怖くて、近づくことはできないだろう。

「おっさん、強いんだな」

「強い弱いなんか関係ねぇ、全部生きるためだ。毎日拾ったシケモクを吸っていても、こうして旨い煙草にありつける時もある。だから生きるのも、やめねぇんだよ」

 おっさんの話に関心を示すことはないが、自分の苛立ちがちっぽけには思える。そうなると、こうしている時間に意味はない。

「俺、ちょっとコーヒー買ってくる」

 そう言ってベンチから立ち上がるが、ここに戻るつもりはない。だけど何故か、本音を口にすることができなかった。

「自分のだけ買ってくるなよ」

「図々しいんだよ。あと、おっさん……」

「あ、」

「おっさんは、不良品なんかじゃないよ」

 なぜならば、人は物じゃない。それに俺よりも強くて逞しいと言いたかったが、そこまで伝えるのは、照れくささが邪魔をした。

 俺だって、投げやりに生きているわけではない。おっさんの言う通り不良かもしれないが、心まで錆びついた、不良品ではないから。

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