アプリ

「来週は京都へ修学旅行です。ですから今日のホームルームは、グループごとに見学コースを考えましょう」

 担任が若い女性教師というのは皮肉なもので、教室の生徒達は話など聞かずに、漫画を読む生徒や、スマートフォンでゲームをする生徒達の姿ばかり。中には修学旅行のしおりを熱心に読む生徒もいるが、それはごく少数。

 さっきまで受けていた社会科の授業は、学年主任の鬼教師であったので、皆が熱心にノートを取っていたが、教師が変わるだけで、飼い犬が家族のことを格付けするように、態度を変える。

「おっ、面白そうなアプリがあった」

『名前、生年月日、性別だけで解る寿命診断』

 孝宏はそのアプリを入手すると、自分の情報を入力してみた。

『村井孝宏さんの寿命は六五歳、あと五十年です』

「なんだよ!以外と早いな」

「何やってるんだ?」隣の席の義晴が、孝宏のスマートフォンを興味深そうに覗き込む。

「寿命診断だって。義晴もやってやるよ」

「何だか、気味の悪いアプリだな」

 孝宏はアプリの入力項目に、義晴の情報をニヤニヤと笑いながら打ち込む。

『小川義晴さんの寿命は十五歳、あと七日です』

「何だよこれ!超デタラメ!」

 あまりに大声で話す義晴を注意せざるおえなくなった担任の小泉は、修学旅行のしおりを教壇に置くと、二人の席へ寄って行った。

「ちょっと二人、うるさいわよ」

「先生、先生の寿命も調べてあげるよ」

 しっかりと注意するべきことだと理解はしているが、生徒を上手くコントロールできない小泉は、コミュニケーションをとるつもりなのか、二人の話に乗って自分の生年月日を伝える。

「小泉恭子さんの寿命は二十六歳、あと七日です」

「ハハハ、先生も俺と一緒だ。やっぱりこのアプリ、バグっているんだよ」

 大声でゲラゲラと笑う義晴を軽く注意すると。小泉は教壇に戻った。

 それから孝宏はそのアプリがマイブームとなり、下校中も自分の親や妹の寿命診断を見ながら家路を歩く。挙げ句には飼い犬の寿命まで調べようとして入力をした。

「なんだよ対象外って……やっぱり動物は駄目か……」

 少しだけアプリに飽きてきた所で自宅に着くと、奥の部屋から妹が大声で泣く声が聞こえた。孝宏は何事かと思い、玄関に靴を脱ぎ捨て部屋に向かうと、母と妹は小さな箱に入って眠っている飼い犬のクッキーを前に、涙を流している。

「二人が学校に行ってから、急にぐったりしていたから病院に連れて行ったんだけど、さっき死んじゃったのよ……」

 さっきまで寿命診断などで遊んでいた孝宏も、愛犬の死を目の当たりにすることは辛く、言葉を失い、自分の部屋に戻った。

 その後はさすがに寿命診断のアプリなどで遊ぶ気にはなれなかった孝宏だが、気になることが一つあった。

『まさか、クッキーは既に死んでしまっていたから、対象外だったのではないだろうか……』


 それから五日後の出来事に孝宏は驚いた。田舎の祖母が亡くなったと知らせがあった。寿命診断の結果と同じ日数だ。

「孝宏、明日から田舎に帰るから、今日学校で二、三日休むと先生に伝えなさい」

「え、でも明後日から修学旅行が……」

「おばあちゃん亡くなったのに、修学旅行どころじゃないでしょ?」

 修学旅行に行けないことを不満に思うのと同時に、孝宏の中で一つのパズルが埋まった。

『そうか、皆の寿命は同じで、俺の寿命だけ違ったということは……』

 孝宏は慌てて寿命診断のアプリを開き、再びクラスメイトの寿命診断を行う。

『小川義晴さんの寿命は十五歳、あと二日です』

『加藤陽介さんの寿命は十五歳、あと二日です』

『小林加奈子さんの寿命は十五歳、あと二日です』

『小泉恭子さんの寿命は二十六歳、あと二日です』


「やっぱり、俺は修学旅行に行かないから生き延びるけど、皆は修学旅行先で何か起こって、死ぬんだ……」

 その事を知った孝宏は学校に着くと、真っ先に職員室に向かい担任の小泉を訪ねる。

「先生!修学旅行中止にしよう!」

「さっき、お母さんから電話あったわよ。一緒に行けない事は残念だけど、中止にはできないわよ……」

「違うんだって!修学旅行に行くと、みんな死んじゃうんだって!」

「だから、残念だけど中止にはできないわ」

 話が通じないと思った孝宏は、勢いよく職員室を飛び出すと、バタバタと階段を駆け上がり教室に向かう。小泉も追いかけるが、その勢いには追いつけず、孝宏は教室の扉を開けると、飛びかかるように、義晴の席へ向かった。

「義晴!修学旅行行くな!死ぬぞ!」

「はぁ?何言ってるんだ?」

「だから!修学旅行で、みんな死ぬんだって!」

 孝宏は、これまで見せたこともない真剣な眼差しを向けて話すが、義晴には、その意味が理解できない。

「落ち着けよ、みんな死ぬってどういう事だよ」

「あのアプリ、当たってるんだよ!家のばぁちゃん、今日死んだんだよ!」

「アプリ?あぁ、おまえアレどこから見つけた?俺のスマホだと、見つからなかったぞ」

 孝宏は教壇の前に立つと、自分の話が非現実的な出来事だと思われるなどは考えず、大声で皆に訴えた。

「みんな、修学旅行に行くのはやめてくれ!そこで何があるのか分からないけど、みんな死んじゃうんだよ、俺の話を信じてくれ!」

 必死で訴える孝宏を見ても、皆があっけにとられているが、小泉は理由を察しているつもりでいた。

「村井君、落ち着いて……おばあさんが亡くなって辛いかもしれないし、修学旅行を一所に行けないことは残念だけど、そんな噂を流すのは良くないわ」


「なんだ、そう言う事か」小泉の話を聞いた女子達が、呆れた顔をして席に着く。

「修学旅行行けないからって、小学生じゃないんだからさ」

「だから、本当なんだって!」


 小泉は、興奮している孝宏を宥めると、今日は帰るようにと話す。孝宏は自分の話が皆に伝わらない苛立ちが残るまま、下駄箱で靴を履き替えた。

「信じてもらえるわけないじゃん。明日、明後日に自分が死ぬなんて思いながら生きている人間なんて、あの教室にはいないよ」

 孝宏に話しかけたのは、同じクラスの芹沢純子。彼女は静かというよりも陰気な生徒で、友達と話している姿を見たことがない。孝宏も話すのは初めてだ。

「そのアプリ、私が作ったの。何故か村井くんのスマホにも出てきたみたいだけど……」

「君の生年月日は……」

「一九九八年五月八日……」

 孝宏はスマートフォンをポケットから取り出し、寿命診断に芹沢純子の情報を入力する。

『芹沢純子さんの寿命は十五歳、あと三週間です」

「君は修学旅行には行かないのか……何でこんなアプリを作ったの」

 ただでさえ陰気な純子だが、更に増してどんよりとした表情を見せながら、簀子の上に座り込む。

「お母さんが病院であと一ヶ月しか生きられないと言われたの。私はお母さんと二人暮らしで親戚とかも居ないから、お母さんが死ねば施設に行くことになるはず。だからあと一ヶ月とか曖昧なことではなく、あと何日お母さんが生きられるのかが、知りたかったの」

 孝宏は、彼女がアプリを作った理由までは理解できたが、診断で彼女の寿命が三週間だったことまでは理解できない。

「君の寿命も三週間だったけど……」

「私は、お母さんがいたから生きられたようなもの。それ以外、この人生に楽しいことや、希望なんてない。ましてや施設に入ってまで、生きたいなんて思わない。だから、お母さんの死を見届けたら、私も死ぬ。だけど私が修学旅行で死んだら、お母さんは一人ぼっちで死を迎えることになってしまう。だから、お母さんが死ぬまでは、絶対に死ねないの」

「その寿命を変えることはできないの……」

「できないわ……絶対に……」


 そして二日後、京都の旅館が大火事になり、宿泊者が全員死亡したことを、孝宏はテレビで知った。良からぬことが起きると知っていながら、運命を変えることができなかったことに、孝宏は絶望感を抱く。

 孝宏が父の実家から帰ると、自宅の前には純子が立っていた。

「みんな、死んじゃったね……」

 彼女はアプリを作成しただけで、皆が死んだことが彼女のせいではないが、孝宏は純子が憎らしく思える。

「死ぬって分かっていたのに、君も止めようとは思わなかったのか?」


「だから言ったでしょ、変えられないの……運命は絶対に。逆に村井君は、この先どんなに辛くて苦しい時があっても、運命の日までは生き続けなくてはならないのよ。その時は、その辛さに耐えて苦しむしかないわ。きっとそれも運命だから……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る