朝ぼらけ

 一三歳、中学二年生になったばかりの春のこと、家族には見つからないように、こっそりと、夜明け前の外に出た。

 何も目的はない、理由も、行き先もないけれど、何故か僕は、冒険に出るトム・ソーヤになれた気がした。

 見慣れた……というよりも、見飽きた町の空はまだ暗く、朝がそこまで来ていても、夜道をふらつく罪悪感は失われていない。自分の足で走り出したい気持ちはあるが、相棒代わりの自転車にまたがると、物音立てぬようにペダルを漕いだ。

 静かな景色の中に、空気の音が聞こえる。それは気のせいか、思い込みかもしれないが、柔らかな風が、僕の耳元でささやいている。

 夜明けに背を向けて、一本道を前に進んだ。空の色が変わってゆくと、初めてのことに胸が高鳴る。まだ見える白い月が、ヒロインは今でも私だと言っている。

 後ろから、薄く、ゆっくりとした光が昇り始めるめると、見飽きた町の風景を、幻想的な世界に変えて映し出した。

 でも、そんなことは、大人になった僕が、今の景色の中で思えることで、あの頃は、薄明りの空なのに、眩いばかりに見えていただけ。でも、その風景は今も変わらずに、毎日の始まりを教えてくれるから、夜明け前の道を歩くときにだけ、僕は少年の気もちになれる。

 いつまでも、朝ぼらけの美しさが、色あせない心のまま、あの頃のまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る