あのチョコレートは溶けないままで
高校一年生の頃、バレンタインなんて関係ないと思っていた僕の下駄箱に、生まれて初めてのチョコレートが入っていた。
なんだよオマエ、誰からだ!なんて、友達から揶揄われたくなかったから、慌てて鞄の中に隠したけれど、本音は嬉しくて、心は舞い上がっていた。
そのチョコレートは食べるのが勿体なくて、家に帰ると溶けてしまわないように、急いで冷凍庫に入れた。
その一ヶ月後、僕からのお返しを告白のきっかけにして、彼女と付き合うようになった。
春には桜並木の道、彼女を後ろに乗せながら、自転車のペダルを漕いだ。
夏には潮風の吹く砂浜を、はしゃぎながら二人で歩いた。
秋には紅葉の彩る木の下で、ベンチに座りながら、一冊の本を一緒に読んだ。
彼女は、『ページめくってもいい?』と僕に聞きながら、優しい微笑みを見せていた。
冬には寒空の帰り道、冷たくなった彼女の手を温めるように握りながら、身を寄せ合った。
高校時代は、毎日を彼女と一緒に過ごし、毎年、バレンタインデーの日にはチョコレートを貰っていたけれど、お互いが別々の大学へ進み、次第に会う時間も少なくなると、彼女からのチョコレートは無くなった……
僕は今、結婚していて、中学二年生の娘がいる。
「何これ!いつまで入れておく気」
娘はアイスクリームを取ろうとして開けた冷凍庫から、あの時に貰ったチョコレートを、汚いものを触るように摘まんで、ゴミ箱に捨てようとしている。
「ダメ、ダメ!それは、お父さんの思い出なんだから」
僕は慌てて娘から取り上げると、溶けないようにと、再び冷凍庫に戻す。
「なんか、高校生の時に貰ったんだって」
「高校生!きしょっ!未練タラタラじゃん」
妻の話を聞いた娘は、軽蔑の眼差しで僕を見るが、これは未練なんかじゃない。
今は少しばかりふくよかで、スウェットの中に突っ込んだ手で尻を掻いていて、ボリボリとせんべいを齧りながら、そこでテレビを観ている、お母さんから貰ったのだよ。
君だって、覚えているだろ……今、夢中になって観ているドラマみたいな恋が、僕たちにもあったのだよ。
できることなら、あの頃の思い出も溶けないように、冷凍保存できればいいのに……
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