スマホを忘れた朝
会社の最寄り駅まで、いくらするんだっけ……そもそも切符って、どうやって買うんだっけ……
朝、慌てて家を飛び出したから、スマホを充電したまま、置いてきてしまった。最近は改札を通る時も、スマホをタッチするだけだから、交通費も細かくは把握していない。
最悪だ。今ではスマホがないと、通勤電車なんて暇な時間でしかない。
スマホさえあれば、ドラマも映画も観られるし、ゲームもできるし、漫画も小説も読める。
それに、満員電車の中でスマホを持って、吊り革にでも掴まっていれば、両手が塞がっているから、痴漢だと勘違いされることもない。そんな屁理屈も思いつくが、僕が乗るのは郊外へ向かう電車だから、車内は比較的に空いている。
『まもなく、一番線に電車がまいります。危ないですから、黄色い線まで、お下がりください』
『危ないですから』って、なんか違和感あるなぁ。そもそも、正しい言葉遣いなのか?ちょっと調べてみよう……と思ったが、そんな時にもスマホが無いと、答えを知ることはできないし、家に帰る頃には、きっと、そんな疑問も忘れている。
通勤ラッシュもないから、座ることができるのは良いが、とにかく暇だ。他の人って、電車の中で、何をしているのだろう……やることもないから、向かいの席を見てみる。
左から順に、スマホ、スマホ、漫画、スマホ。この人は寝ていて、その隣に胸の谷間……おっと、いけない。思わず二度見してしまいそうだが、堪えて目を逸らす。
ドアを挟んで横の列を見てみると、またスマホを見ている人がいて、隣の女の子は見ているのは、単語帳かな?感心、感心。そして、隣は、あぁあ……朝は忙しいからって、車内で朝食はマナー違反だな。こんな所でカップ麺なんて……ん、カップ麺?これには思わず、二度見してしまう。
無論、僕に注意する勇気があるわけでもなく、中吊り広告に目を向けて、見ていないふりをする。
『え、マジで!』
驚いたのは、今日発売の週刊誌の広告。そこには大きな文字で、僕の好きな女優に、恋人発覚と書かれている。しかも、相手は既婚者の不倫交際……
情報が少なすぎて、物凄く気になる。こうして、まんまと引っかかっているのだから、広告としては素晴らしい効果を生み出しているのだろう。けれど僕は、こんな時にスマホがあれば……と、思ってしまう。
住宅地から離れた窓の外は、河川敷を通り過ぎて、橋の上から、ゆらゆらとした川のみなもを見せている。
朝日の眩しさに目を顰めるが、それが心地よい。きっと、この時間にブルーライト以外の光を目に当てるのが、久しぶりだからだろう。
川の向こう岸に着くと、こちらの河川敷では数人の人たちが、この電車に向かって手を振っているのが見えた。
何だろう……最近は、通勤電車に向けてエールを送る人たちがいるなんて話を、聞いたことはあるけれど、このシチュエーションには、どうしても別れのシーンを連想してしまう。
でも、もしかすると、それとは逆の理由で、この電車に乗っている誰かを、出迎えているのかな……なんて考えると、心も一変して、暖かい気持ちになる。
どちらにしても、今、その相手が車内にいるならば、スマホに夢中で気づかないなんてことが無ければいいな……なんてことを、スマホ依存症のような僕が、今は思えた。
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