舞台袖

 今日、僕たちの夢は終わる。とは言っても、夢の後半は、バイト、バイトの毎日。

 挫折したとは言いたくない。けれど、三十五歳になっても、生活はひっ迫していたから、周囲の同年代と比べた時に、これ以上続ければ、完全に人生のレールから外れてしまう気がした。

 ネタなんて考える余裕もなく、毎日、頭の中は、いつか売れればと無計画に借りていた、消費者金融の返済のことばかり。

 年老いた親からは勘当だと言われ、彼女からも愛想をつかされて、相方も最近はすっかりやる気を無くしていて、春頃に『これからは俺、YouTubeにも力入れるわ』なんて言っていたが、『たんぽぽの綿毛が、どこまで飛んでいくのか、追いかけてみた』なんて動画を上げていたのを見て、これはもう、ダメだと思った。

「俺ら、何で売れなかったんだろうな」

「お前、そもそも、売れる気あったのか」

 高校時代に僕は、この相方を誘って、芸人を目指した。養成所に入った時には、自分たちに待っている未来が、こうなることも知らず、夢と野心に溢れていた。

 袖幕の向こうからは、観客の笑い声が聞こえる。それは今、ステージに立っている、僕らよりも五年後輩のコンビに向けられたもの。

「ウケてるなぁ」

「そうだなぁ」

 もう少し続ければ、僕らもステージから大爆笑を聞いていられたかな……なんて思うけれど、そんなことを思い続けた成れの果てが、今。

「俺な、初めて舞台で、めちゃくちゃ緊張していてな」

 相方はフラッシュバックでも起きたのか……何の前振りもなく、思い出話しを始める。

「その時に、お前が舞台袖で、『ウケていなかったら、客のことは、野菜にでも思っておけ』って言っただろ。あれ、マジで思ってみたのよ」

「は?」

 その時に緊張していたのは、僕も同じ。だから、相方に言った細かいことなど、覚えていない。

「そうしたら、一番前にいた客三人が、じゃがいもと、にんじんと、たまねぎに見えてな、それで『こいつらの家、毎晩カレーライスかよ』と思ったら、ツボにはいってな、笑い堪えるのに必死だった。あれ、お前のせいだからな」

 芸人のくせに、客に笑わされてどうするんだ……と思ったが、これで最後だから、今日はあれこれ、言うのはよそう。

「今日もウケなかったら、同じこと思っておけ」

「わかった。そうしたら、あそこに見えるおばちゃん、カリフラワーだと思っておくわ」


 いよいよ、ラストステージだ。夢は必ず上手くいくわけじゃなかったけれど、それでも人生は続いている。

 だから、これで終わりではない。あのサンパチマイクの前に立った瞬間からが、これからのスタートだ。

 そう思いながら僕は、相方と一緒に、舞台袖から飛び出した。


「お元気ですか!そこのカリフラワーみたいな、おばちゃん!」

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