赤信号
寝坊した。とは言っても、駅までの道のりを走れば、いつもと同じ時刻の電車には乗れる。
僕は朝の町を忙しなく走っていたが、点滅する警告には間に合わず、ここで足を止めた。
「なんだよ、赤かよ……」
この横断歩道は、交通量も少ないのに、やたらと赤信号の時間が長く感じる。今だって、車道には車一台走っていないのに、体感では、待っている間にカップ麺が出来上がるのではないかと、いつも思う。
今日は仕方ない……時にはルールを守れない時もあるのだと、まだ赤信号の横断歩道を渡ろうとした時、隣にランドセルを背負った、小学生の女の子が立ち止まった。
こうなると、大人がルールを守らない姿を、子供に見せるわけにはいかない。そんな当たり前のことが、今は運の悪さに思えてしまうから、たちが悪い。
立派だね、いい子だね。お父さん、お母さん、この子に素晴らしい教育をされていますね……なんてことは嫌味であって、本心は全くもって別の考え。
お嬢ちゃん、そんなに立派なら、今から僕がすることを見ても、決して真似をしちゃだめだよ。そう思いながら、再び走り出そうとすると、今度は白杖を持った人が、立ち止まった。
これは本当にだめ。このような人は、隣の人が動きだしたら、青信号に変わったと思って、一緒に渡り始めてしまうと聞いたことがある。
そんなことをして、もしもこの人の命が失われれば、僕はこの横断歩道に、一生花を添えたって、許されることではない。
そうこうしているうちに青信号になると、僕は遅れた時間を取り戻さねばと、前のめりになって、横断歩道を走り抜けようとした。
「青になりましたよ、一緒に渡りましょう」
聞こえたのは、女の子が白杖を持った男性にかけた言葉だった。
振り返ると、その小さな手で男性の腕をとりながら、ゆっくりと歩き、エスコートしている。
その光景を見て、僕は自分の未熟さが恥ずかしくなった。
小さな女の子が他人のことを考えているのに、僕は自分のことだけを考えて、ルールまで守ろうとしていなかったことに、恥を知る。
だからといって、今更、あの子の親切を横取るような真似はできないから、せめて、二人が渡りきるのを、見守ることにした。
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