綺麗ごと

 僕は人が、大好きだ。

 だけど、あの頃の僕は、人が傷つくことを、吐き捨てるように言っていた。

 僕は、争いごとが嫌いだ。

 だけど、あの頃の僕には、暴力よりも負けることが恥だった。

 僕は、いつでも笑っていたい。

 だけど、あの頃の僕は、いつも顔を顰めては、悲劇の自分を気取っていた。


 人には優しくありたい、誰かの為になりたい、好きなものを好きと言いたい。

 見て見ぬふりは、したくない。駄目なものは、駄目だと言いたい。

 だけど、あの頃の僕は、どれ一つとできやしなかった。


 そんな綺麗ごとを振りかざせば、誰かとの輪を乱し、波長を狂わせ、場の空気を変えてしまう……なんてことばかりが先立って、本当は違う、本当は違う、本当は違う……なんて、自分に訴えかけるが、そんな気持ちは塗りつぶされて、そのうちに、何が本当の自分かなんて、分からなくなっている。

 それを当たり前にしていると、裏腹な気持ちが表になって、気がつくと、綺麗ごとに腹を立てていた。

 ばからしい、くだらない、そんなことは無駄なこと。

 理想論、夢物語だと嘲笑い、裏腹に生きることが現実なのだと、なりたての大人に向かって、偉そうに語る。

 そして出来上がった僕は、心が弱った時にだけ、人の優しさ、花の美しさを思い出し、歌や物語に涙する卑怯者になっていた。

 世の中がモノクロに見えてしまうのは、僕みたいな大人のせいだ。自分が上手くできていないから、誰かにそれを、押し付ける。


 心が渇いてしまわぬうちに、綺麗ごとを口にしよう。

 誰かに笑われ、馬鹿にされ、傷つくこともあるけれど、笑っていられるピエロになろう。

 心の中を覗いてみれば、綺麗ごとで彩られている、万華鏡のようであるために。

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