私と先生と階段の鏡
「四時四十四分、四十四秒に、四階へ上がる階段にある鏡の前に立つと、その中に吸い込まれちゃうんだって」
そんな噂話を半信半疑に、私は、その鏡の前に立った。
鏡の中にはランドセルを背負った、見慣れたのか、見慣れないのかも分からない私が、物恐ろしそうに立っている。
吸い込まれたくはない。でも何故か、好奇心が勝ってしまう。この中の世界は、一体どんな場所なのだろう……そう思いながら、腕時計の時刻を見て、迫る秒表示に目を閉じたくなる。
私がこの中へ吸い込まれるまで、あと、五、四、三、二……そんなことを考えながら、鏡の中の私と目を合わせようとした時、空耳なのかと思わせる声が聞こえた。
「何をしているの?」
その声が聞こえると、鏡に中にいたのは、目を丸くした私と、不思議そうな顔をしている、担任の妙子先生だった。
「先生……」
私は、ほっとしたこともあり、恥ずかしげもなく、ここに立っていた理由を話すと、妙子先生はクスクスと笑いながら、私の背に合わせて、腰を屈めた。
「よかった、先生まで吸い込まれなくて。だって、この中には、あなたが二人もいるってことでしょ?そうしたら先生、どっちを可愛がっていいのか、困っちゃう」
先生は笑いながら、そう言っていたけど、私が思ったのは逆の答え。
「私は嬉しいかも。だって、先生が二人いたら、どっちか独り占めできるから」
そう言うと、先生は笑って私の頭を撫でてくれたが、私は照れくさくて目を逸らすと、鏡の中にいる先生は、何だか寂しそうな顔をしていた。
それからすぐ、妙子先生は別の学校に行ってしまったけれど、あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
だから、鏡の前に立つと時々、先生はいないのかな?と思ってしまう。
「先生、私、大丈夫?」
「先生、私、疲れていない?」
「先生、私、まだ頑張れるよね?」
そう言うと、鏡の中の先生が励ましてくれる気がしているんだ。
あの時のように、私の頭を撫でながら、『大丈夫、あなたは頑張っているよ』って。
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