僕が選ばれる理由

「我社を選んだ理由は何ですか?」

『特に理由は有りません』

「では、特技は何ですか?」

『あれば、御社をうけていません』

「では、入社して、どのような事がしたいですか?」

『逆に、何をすれば良いのですか?』

 口に出しては言えないが、これが僕の本音だろう。

 長岡陽介 二十二歳と履歴書に書き込むが、この欄は非常に意味が無い。僕が高学歴で、多くの資格を持っていれば、名前が菊池だろうが、宮崎だろうが関係無い。

 態々貼り付けた写真だってそうだ。アイドルの書類面接でもあるまいし、これから出向く僕の顔を貼り付ける意味が分からない。証明写真なんて大抵写りが悪いものなのに、態々写真屋に撮りに行って、面接が終われば出勤で着ることはない、スーツ姿で出向く。

 馬子にも衣装なんて言ったものだが、これから僕が行くのは運送屋の面接だから、馬子と大差ない仕事。受かれば作業着で仕事をするのだから、もはや履歴書だって無意味な気がする。『免許を持ってます。健康です』必要な事はこれだけだろう。

「次の方どうぞ」僕の番だ。右手でコンコンと扉をノックすると『どうぞ』と声が聞こえた。もう、何社の扉を開けただろう。一、二、三……これで二十二社目だ。大手出版社から始まって、時計メーカー、電気メーカー、中小企業、居酒屋チェーン。悉く落ち続けて、やけにもなっていたが、何処かしらに就職しなければまずい。とりあえずの勤め先を決めて、大学を卒業して、一年位したら再就職すればよいのだ。

「長岡陽介と申します。宜しくお願い致します」「どうぞ、お座り下さい」幾度と受けた面接で座りなれたパイプ椅子に僕は腰をかけた。

「我社を選んだ理由は何ですか?」ほうら、きた……思った通りだ。

「近年、ネットショッピングが増える中、同時進行で発展する運送業に興味があったからです」

「そう、免許は?違反歴は?」

 あれ、もうその話し?「はい……無事故、無違反です」

「そうですか。今日はもう結構です。ご足労頂き、ありがとうございました」

 また落ちたな……そう思った矢先に、三日後の二次面接の知らせがきた。

 僕は再び面接に出向くと、先日と同じ扉をノックした。「どうぞ」面接官も、先日と同じだ。

「あなたは、お酒は飲みますか?」ははぁ、飲酒運転をしないか、気にしているのだな。

「付き合いあれば多少は飲みますが、苦手な方なので、好んでは飲みません」

「そうですか。結構です。ご足労頂きありがとうございました」

 一体、何だろう……こんな質問だけなら、先日すればよい事ではないか。そう思っている矢先、今度は三次面接の知らせがきた。


 僕は少し苛立っていた。もしかすると、何社も落ちているのを知っていて、揶揄っているのではないだろうか。確かに僕は三流大学で大した資格も無い。だからと言って運送会社へ入る為に、苦労するような経歴でもない。

 馬鹿にされてまで入るような会社でもないが、就職しない訳にもいかないから、僕はまた、この扉をノックする。「どうぞ」

 あの声だ。扉を開けると、見慣れた面接官……とは言っても、僕は三度目にして初めて、この面接官の顔をよく見た。四十代後半位で、顔は細く、短髪に眼鏡をかけている。紺色のスーツに黄色のネクタイ。

「そろそろ私の顔、覚えてくれた?」

 まるで心の中を読まれているような言葉を聞いて、僕は驚くと、面接官は自分の顔を指差しながら、ニッコリと笑った。

「目、見てくれたの、初めてだからね」なるほど、気が付かなかったが、そういうことか。

「あ、申し訳ございません」

「いいですよ、座って下さい」もう、この椅子の硬さすら気にならなくなった。六畳間ほどの部屋に、茶色のテーブル、ここに来るまで気にしなかったが、床にはヒールマーク一つ無い。真冬の時期に暖房のついてない部屋は肌寒く、顔に当たる冷気が体を震わせる。

「寒い?」「いえ、大丈夫です」

「外で働く配達員が寒い中駆け回っているのに、私達がぬくぬくとするわけにはいかないでしょう」

「はぁ……」実際に外で配達をしたことがないので分からないが、社員に対する思いやりは感じる。

「あの……何故、僕は呼ばれたのでしょうか?」今度は僕から仕掛けた。

「何故、面接でしょ?」そりゃそうだ。

「いや、いつも、あまり質問が無いから」

「質問、じゃあ、君は、私に聞きたいことは無いの?」二十二社目にして、初めての展開だ。

「質問……考えて無かったです」

「そうですか、じゃあ次の面接まで考えて下さいよ」次の面接?その言葉だけが頭を過ぎった。

「今日は終わりですか?」

「はい、まずは僕の顔を覚えてほしかったから」

「他の人達も同じようにするのですか?」

「はい、大抵は辞退されますけど。皆さん勘違いしていますが、あなたが真剣に就職したいように、私たちも真剣に、あなたと働きたいのですよ。面接とはお見合いと一緒ですから」


 僕は、大きな勘違いをしていたようだ。就職に焦り、しらぬ間に企業の駒になることばかりを考えていたが、相手の事など何も考えずに足を運んでいた。次の面接、僕は一人の女性を口説くつもりで訪れよう。

「長岡陽介さん。いい名前ですね」

『はい、父が名付けてくれました』

「我社を選んだ理由は何ですか?」

『社員に対する暖かさを感じたからです』

「特技は何ですか?」

『特技と言えるかは分かりませんが、車を運転することは、大好きです』

「入社して、どのような事がしたいですか?」

『この会社を、心から愛せるような仕事がしたいです』

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