オムニバス~私、堀切政人と申します~

堀切政人

時商人

 僕の休みなんて退屈なものだ。

 朝といっても十一時頃に目覚めると、とりあえず水を一杯飲むために立ち上がり、キッチンの前に立つ。蛇口をひねりコップ一杯の水を飲むと、そのついでに顔をジャブジャブと洗った。

 水道から出る水が、大分温くなったことに夏を感じる。普通、衣変えや、セミの鳴き声、アスファルトを焼き付けるような暑さに季節を感じるものだが、僕はあまり感じない。

 そのようなことは当たり前であって、暑ければ自然とTシャツを着るし、セミの鳴き声だって、あまり気にはならない。

 ただ、冷たい水を飲みたい時に飲めない、冬になれば手を洗いたいのに、突き刺すように冷たい水が出てくる。その日常が不便なことに、季節の変わり目を感じる。

 テーブルの前に座り、煙草を一服しようとしたら、切れていることに気がついた。

『昨日の帰り、酔っていたから、買い忘れた』

 どうしても煙草を吸いたかった僕は、少し面倒くさいが、買いに行こうと立ち上がった。

 煙草を買うには、商店街まで行かなければならないから、家からは少し歩く。

 サンダルを履くと、僕はカギも閉めぬまま、商店街のコンビニまで向かった。

 休みの日は、いつもより歩くのも遅い。意識しているわけではないが、僕の本能が、勝手にそうさせているのだろう。

 パッタン、パッタンとだらしない音を立てながら歩き商店街へつくと、茣蓙の上に何やら色々と並べ、座っている老人を見つけた。

 パッと見た感じは浮浪者のように見えるが、何やら物を売っている様子。少し離れて通りすぎようとした僕が、何を売っているのかは気になり、チラッと茣蓙に目をやると、気になる物が置いてあった。

『懐かしい、あれ父さんが持っていたカメラと同じだ』

 三年前に亡くなった父が持っていたカメラと同じ物が置いてあった。父は出かける時、そのカメラを必ず持ち歩いていた。動物園に行った時も、旅行に行った時も、海に行った時も潮風で錆びないかと気にしながら、僕のことを撮っていたのを覚えている。

 デジタルカメラに買い換えてから、そのカメラを何処にやってしまったかは知らないが、そのカメラは父の思い出だった。

「あの……これ売っているのですか?」

 僕は老人に話しかけた。

「どうぞ、フィルムは入ってないけど、それなら千円でいいよ」

 千円と言われても、財布を持たずにテーブルの上に置いてあった五百円だけ持って出た僕は、財布を取りに走って家まで戻り、そのカメラを買うことにした。

 僕はフィルムも入っていないカメラを買うと、レンズを覗き込んだ。父の見ていた風景が見えた気がする。その休日、僕はカメラを手放さなかった。

 また休日になると、僕は老人を訪ねた。次に気になったのは時計だ。その時計も父が身につけていた物と同じだ。

「それも千円でいいよ」

 時計を身につけると僕は嬉しくなった。時間は戻れないが、父が生きていた頃に戻った気分になれる。

 それから僕は、休日になる度、老人を訪ねた。

 そこには懐かしい物が沢山置いてあった。

 

 冬になり、老人を訪ねると茣蓙の上には何も並んでなかった。

「おじいさん、何も並んでないよ」

「あぁ……私の思い出の品は、全部売り切れたよ。並んでいたのは、私の思い出ばかりさ」

 老人は自分の思い出を売り、僕は自分の思い出を買っていたのだ。


 今、僕の部屋は、まるで古道具屋のようになっている。

 フィルムの入っていないカメラ、電池の切れた腕時計、アナログの小さなテレビ……

 ガラクタのようだが、老人と僕の思い出だ。

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