第168話 堕天使降臨

 李孔明は己の目を疑った。

 最強を自負し、傲慢が服を着て歩いているような男が、戦わずして敗北を認めて絶望している姿を見て、その光景が信じられなかった…

「劉上将…」

 当然、このような事態を予期することなどしておらず、かける言葉も見つからない…が、ここでこのまま手をこまねいているわけにもいかない。

 敵はすぐ目前まで迫っているのだから。


 頼みの綱が当てにならないと判断し、ならば!と

 すっ…と、李孔明は劉王威の前へと進み出た。

「李のおっさん…何を?」

 劉の問いかけに、振り向き、憐憫の眼差しを向けた男の顔は決意と覚悟に満ちていた。


 そして、決別するように前を向き、一言だけ答える。

「私にも意地がある。たとえ勝てぬとわかっていても、ここで諦めるわけにはいかん」

 そう言いながら、腰のサーベルを引き抜いた。


「何じゃ?彼我の実力差も理解できぬ愚か者かの?そっちの坊主のほうがまだ賢いと思うがの。まぁ、無駄な抵抗をしたければ好きにするとええ」

 にやにやと笑いながら、後方に控えているマドゥーサが手下の魔物に攻撃の命令を下す。


 そして、目にも止まらぬ速さで迫る魔物たちに一切の抵抗をする間もなく、死兵達は全滅することとなった。


 各々が思い思いに、死兵達のむくろを貪り喰らう中、

 まず獣の魔物が李を次の獲物と定め、動きを見せた。その体躯がブレたように見えたかと思った瞬間、獣の魔物は李孔明の腕に喰らいつき、それを引き千切ったのだ。

「ぐあっ…」

「おっさん!」

 片腕を失いながらも、まだ手に持ったサーベルを敵に向けたまま戦意を失くさない李の姿を見て、劉も再び立ち上がる。

「くそっ!俺様としたことが…どうやら焼きが回っちまってたようだな…」

 その姿を見て、李の顔に笑みが浮かぶ。

「ふんっ!まだ完全に折れたわけではなかったようだな」

「悪いな、おっさん!死出の旅の供が俺じゃ不満だろうが許せよ」

「ぬかせ、小僧」

 簡易キットの布切れを使い、とりあえず腕の止血をした李と再び立ち上がった劉が魔物の方を向き、剣を構えた。


 立ち塞がるのは、巨人と鳥の魔物。

 獣は引き千切った腕を美味そうにしゃぶっている。


「来るぞっ!」


 立ち向かおうと抗ったが、その決意も虚しく、【速さ】を奪われ、思うように動かない身体と、圧倒的な能力差は覆せるものではなく、鳥と巨人の魔物によって二人の身体はみるみる傷ついていく…


「くっ…こいつら…」

「我々を嬲って遊んでいやがるのか…!」


 ひと思いに殺せるものを、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべる巨人と、上空から鉤爪と嘴による、ヒット・アンド・アウェイで小さな傷を刻む鳥の魔物。

 そして、その様子を微笑ましげに見守る爺…


「く…くそが…」

 次第に増えていく傷と流れ出る血に、ついに二人が床に倒れ込む。

「殺すなら…殺せ!」


「ふむ…どうやら立ち上がる気力もなくなったか…お前達、その辺でよかろう」

「グルァ」

「クェェ」

「ワガッダ…」


 巨人が李の頭を鷲掴みにして持ち上げた。

 獣の魔物が劉の足に喰らいつき、引きずっている。

 そして、鳥の魔物が空中からその様子を眺め、どちらを先にとどめを刺そうかと迷っているようだ。


「クワッ!」

 一言鳴き、鳥の魔物が急降下を始めた瞬間、空間に歪みが生じた。


「何じゃ?この魔力は…?」

 歪みから漂ってくる魔力にマドゥーサが顔をしかめた。

 濃密な魔力を感じた3体の魔物も、警戒し、手にしていた獲物を手放し、距離を取る。


 ドサッ。

「ぐっ…」

「がはっ…」

 乱雑に床に放り出された二人が倒れ込み、その衝撃で意識を手放した。


「ふふふふっ…あなた達が派手に暴れてくれたおかげで、この場所の座標が特定できました」


 空間の歪みの中から、6対12枚の漆黒の翼をはためかせたシルエットが現れた。


「まさか!?迷宮内に直接転移してきたとでもいうのか…!?」

 突然の闖入者ちんにゅうしゃに驚くマドゥーサ。

 通常、迷宮から転移結晶などにより脱出することは容易だが、その逆はほぼ不可能とされてきた。

 迷宮内は隔離された特別な空間になっているため、入口以外から入ろうとすれば、高確率で捻れた空間の狭間へと落ち、二度と戻ってこれない可能性があるのだ。


「貴様…!何者じゃ!?その姿…人間ではなかろう?」


 だが、その問いには答えず、現れた者…ルーファス・クロノワールは倒れ込む二人の元へ足を進めた。

(ふむ…放っておくと手遅れになりそうですね…)

時間遡行リワインドタイム

 翳した手から放たれた魔力の光が二人を包み込む。


 やがて…

「ううっ…」

「なんだ…?この光は…」

 片腕を失っていた男と、両脚を喰い千切られて倒れていた男が意識を取り戻す。

 そして、その身に起きている奇跡に驚愕する。

「そんな…私の腕が…!?」

「俺の足…確かに喰い千切られたはずなのに…!?」

 失われたはずの手足が、まるで時間を巻き戻すかのように再生したのだ。

「あなたは…?」

 問いかける李孔明にルーファスが答える。

「私は日本の冒険者に仕える者です。此度の事態に対して、我が主の命を受け救援に参りました」

「日本から…それは…わざわざすまないな。救援に駆けつけたくれたことは感謝する。だが…」

「あ、あぁ…やつらは俺達が想定していた以上の化け物だ。せっかく回復してもらったというのに、死ぬ時間が少し伸びただけだ…」

 二人は沈痛な面持ちで目を伏せる。


「問題ありません」

 二人の様子など気にも止めずに、ルーファスは答える。


「それは、どういう…」

の処理も私の仕事ですので」

 そう言いながら、ルーファスは二人の周りに結界を張る。

「これは…?」

「貴方がたはしばらくそこで待っていてください。安全は保証しますよ。では」

 ルーファスは二人に背を向け、マドゥーサ達の方へと向き直る。


「さぁ、始めましょうか」

 ―――――――――――――――――

 あとがき。


 ルーファス参戦です。


 不定期更新ですが、最後ラストまで頑張って書き切りたいと思ってますので、お待ち下さい。


 次回は…

 マドゥーサさん退場ですね。

 

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